昔、友人のメガネをバキバキに割ったことがある。だが僕は、星がキレイだったので謝らなかった。
18の頃、友人4人とその場のノリで冬の軽井沢に行ったことがある。お金もないしスノボなんかやるわけもなく、持ち寄った段ボールでソリをするという寂しい遊びをしただけだったが、それなりに楽しかった。
その帰り道、群馬と長野の境辺りの山の頂上で、夜空がメチャクチャ綺麗なことに気がついた。車を止め、僕たちはなんの整備もされていない原っぱのようなところに降り立った。
初めて見る満天の星空に、僕は圧倒された。沖縄の海や函館の夜景など、それなりに綺麗な景色を見たことがあった僕が、人生で初めて景色で感動を覚えたのだ。道路に設置された温度計は氷点下を示していたが、そんなことは関係なかった。
ーもういい。寝転んじまおう
原っぱには雪が積もっていた。しかもその雪は汚れていて、寝転んだら泥だらけになってしまう。僕たちはその場のノリだけで来た。もちろん汚れていい服など着ていない。僕にいたっては、ダッフルコートというとんでもなく汚れに弱い服を羽織っていた。
それでも、なんの疑問も持たずに僕たちはその場に寝転んだ。星空に心を奪われていたのだ。
ーすげぇ
ー星ってこんな綺麗なんだな
ー俺、一生忘れないわ
その場の全員が感動の声を漏らす。共感が欲しかったのではない。ただ、脳裏に焼き付けるために、言葉をそこに残したのだ。眼に涙を溜めながら星空に浸っていると、足下からある音が聞こえてきた。
バキッ、バキバキバキ!
音と感触でメガネだとわかった。メガネを掛けているのは4人の中でFだけ。僕はFのメガネを割ってしまったのだ。
僕は謝らなかった。
「ごめん」この一言が澄み切った星空を汚してしまう気がして、謝りたくなかった。
(なんで星見てるのにメガネ外してんだよ。眼が悪いんじゃねぇのかよ。大体あのバキバキって音が不快だよ。ふざけんなよクソが)
当時の僕は本気でこう思っていた。
どう考えても悪いのはこっちだが、何よりも星空を見ることを優先したい僕は、Fが悪いと思っていた。
ーそろそろ帰るか
十数分以上も寝転び続けた僕たちだったが、惜しみながらも立ち上がった。そして、車に戻る際、全身泥だらけで、レンズの割れたガタガタのメガネをかけたFが、僕にゆっくり近づいてきた。
F:あのさぁ、沢野…あんなところにメガネ置いてごめんな。どうしても肉眼で見たかったんだ
おう。気を付けろよ
僕はFを許してやることにした。
こんな気の狂った会話が成立するあの星空をもう1度見たい。