女子プロレスラーというものは、我が強い。誤解を恐れずに言えば、今どきプロレスラーになろうとする女性は、多かれ少なかれ変わり者だ。いくらレスリング経験があろうと、いくらプロレス好きだろうと、「じゃあ将来はプロレスラーになります」と言ったとき、男性よりも女性のほうが周囲の反対を強く受けるケースが多いのではないか。女子選手と話していると、「未だに親は許してくれていない」のような話をちょくちょく耳にして驚く。
そんな茨道をわざわざ選び、通り抜けてきた人々だ。我が強くないわけがない。個人的な印象としては、我が強いを通り越して、もはや“面倒くさい”の域に差し掛かっている選手もそれなりにいる。そんな群雄割拠(?)の女子プロレス界の中で、ハイパーミサヲは面倒くささの絶対王者だ……たぶん、きっと。
短歌とプロレス、ふたつのジャンルを繋げた“冬野きりん事件”
ハイパーミサヲ(以下、ハイパミ)といえば、冬野きりん事件だ。2020年、ハイパミは10代の頃、『ダ・ヴィンチ』の読者短歌コーナー『短歌ください』に“冬野きりん”名義で投稿していたことをTwitterで告白した。
このすごさはジャンル外の人にはピンとこないかもしれないが、現代短歌において冬野きりんはちょっとした有名人だ。読者投稿という形式の中で、次々と名作を生み出し、「ペガサスは私にはきっと優しくてあなたのことは殺してくれる」という一首は、『短歌ください』が単行本化された際に帯にも採用された。名物コーナーを代表する投稿者のひとりが、冬野きりん。伝説のハガキ職人のような立ち位置と説明すれば、まぁ伝わるだろうか。
ハイパーミサヲ=冬野きりんと知って、穂村弘ファンの自分はもちろん仰天した。また、短歌を詠む知り合いからも「原田さん、プロレス好きだったよね? 冬野きりんって……」と驚き混じりの連絡がちらほら来た。短歌とプロレス、このふたつの星が繋がって星座になるとは誰も想像していなかっただろう。
「ハイパミがまた変なおもしろいことやっているよ」
なぜ急にハイパミの話をしているかというと、昨年12月に行われたハイパミVS勝俣瞬馬のハードコアマッチの素晴らしさを伝えたかったからだ。ハイパミは、東京女子プロレスに初めてハードコアを持ち込んだ選手……なのだが、いまいちそのように見られていない。なぜなら、ハイパミの試合はあまりに独創的だから。ハードコアという枠からあふれ出すほどに、オリジナリティに満ちているのだ。
試合に何らかのネタを必ず仕込むハイパミの中でも一二を争う傑作が、2018年の5.3後楽園ホール大会で行われた“デスマッチのカリスマ”葛西純との戦いだ。ハイパミは、あの手この手でカリスマ相手に立ち向かった。その心意気を受け止めて、葛西も最高のフィニッシャーであるパールハーバースプラッシュでハイパミを迎え撃った。
改造自転車、パイプ椅子、ラダー……。これだけ凶器が出てきたら、どう考えてもハードコアマッチだ。しかし、「チョコシュー1袋食べ切らなければフォールカウント無効」というトンチキルールや、おなじみの卑怯ムーブによって、この試合はハードコアというよりも“ハイパミらしい独特の試合”として受け止められた。「ハイパミがまた変なおもしろいことやっているよ」と見る観客がほとんどだったのだ。
それは「すごいハードコアの試合だった」という言葉よりも、むしろ上等な感想だと捉える人もいることだろう。しかし、そのジャンルのものとして本気で取り組んだことに対して、たとえ肯定的な意味合いだとしても「○○のジャンルではない」のように評価されると、本人にとっては複雑な感情を覚えるということが今ならわかる。「もはや枠を超えたから」という理由で○○のジャンルから無視されるなんて、たまったもんじゃない。入れろ、枠に。ちゃんと語れ。
画鋲を自ら浴びて叫んだ「アイラブTJPW!」
乃蒼ヒカリがハードコアやデスマッチで頭角を現す中で、ハイパミは「東京女子にハードコアを持ち込んだのは自分だ」と忸怩たる思いを抱えていたようだ。そこで行われたのが、昨年12月の勝俣瞬馬戦である。「ハードコアというより、ハイパミならではの試合」という生温い褒め言葉を封じるためか、ハイパミはストレートにハードコアの試合を戦ってみせた。そして、竹串や画鋲といった凶器を自ら持ち込み、ハードコアマッチのはずがデスマッチへと試合形式を変化させた。
きっとハイパミは、対戦相手の勝俣瞬馬だけではなく、乃蒼ヒカリや東京女子のことも意識して戦っていた。リング上で、ハイパミは無言で叫んでいた。
「私はハードコアやってきたし、デスマッチだってやれるんだが!?」
なんて我が強く、面倒くさい女なんだ……! そんなふうに全力でアピールする一方で、画鋲を頭からかぶりながら「アイラブTJPW!」と宣言してみせる。所属団体への葛藤と、愛。自分は、愛に陰影のある人間を愛する。好きです、ハイパミ。
乃蒼ヒカリは、東京女子の実験興行でハードコアマッチが組まれるなど、団体からもハードコア/デスマッチ路線でそれなりに推されている印象がある。一方、ハイパミは野良犬のように孤独に道を切り拓こうとしている。きっと乃蒼ヒカリVSハイパーミサヲのハードコアマッチが組まれたとき、東京女子の歴史はまた大きく動き出す。
ところで、冬野きりんで好きな短歌がある。
こんにちは私の名前は噛ませ犬 愛読書の名は『空気』です
当時の彼女にとっては、自虐的な感情を込めた一首だったのかもしれない。しかし今となっては、思いも寄らぬ言動で会場を沸かせるトリックスター、ハイパーミサヲの生き様をポジティブに宣言しているようにも読める。この“噛ませ犬”が次に何を見せてくれるのか、期待してやまない。