10年以上前に1万円を拾ったことがある。
人生の中でも金欠の絶頂期、本やらCDやらゲームやらを売るために、オタク文化栄える「中野ブロードウェイ」へ。しかし、当たり前のようにまとまった金にはならず、落胆したまま個室トイレへ向かった。
頭を抱えて生活費の捻出方法を模索すると、そこにあったのだ、金が。
トイレットペーパーホルダーの上に、1万円札が。しかも、ピン札で。もうパニックである。1万円札がトイレに生の状態で置いてあるなんて予想外過ぎる。
(誰かが置き忘れたのだろうか? なんで? お金の計算でもしたのか? じゃあなんでトイレ? だとしても置き忘れることなんてある? 意味がわからない。よし、パクろう)
いくら考えてもわからないので、とりあえず我が物にすることに。
これが財布ならば持ち主の存在をリアルに感じることができ、ネコババしようにも罪悪感に見舞われ交番に届けるのだろうが、置いてあるのは現ナマ。
もう自分のものにしか見えない。
1万円札を財布にしまおうと思った瞬間、ある心配事が頭をよぎる。
(もしかして・・・罠か? いや、もしかしなくてもこれは罠だ! 例えば、ヤンキーみたいな人が外で数人待ち構えていて『製造番号をメモった1万円札をそこに置いてきたんだけど、知らない?』と僕を呼び止める。そして財布の中からその1万円札をみつけて、『警察に行こうか?』と僕を脅す・・・これはマズイ!)
こんな一昔前のヤンキー漫画のような妄想をリアルに感じてしまうほど、僕はパニックになっていた。金のない僕に降って湧いた1万円は、あまりにも都合が良すぎて、信じることができなかったのだ。
(でも、だからといってこの1万円札をみすみすここに置いていくわけにはいかない。外にヤンキーが待ち構えていない可能性だってゼロではない! どうしても生活費が欲しい!)
お金は欲しいが、ヤンキーは怖い。そんな僕に、天からある“絶対的なアイデア”が降ってきた。
そうだ!! バスガイドの旗のように1万円札を振りかざせばいいのだ!!
こうすれば、例えヤンキーに
ーーようニイちゃん! 製造番号メモった1万円札をそこに置いてきたんだけど、知らねーか?
なんて因縁をつけられても
これはあなたのだったのですね? 持ち主を探していたんですよー
と言うことで場を乗り切れる。もし、ヤンキーがいなければそのまま脱出し、1万円札は僕のものだ。なんて応用の効くアイデアなのだろうか? 自分の発想力が恐ろしい。念のため、蚊の鳴くような小さな声で
とでも呟いておけば、持ち主を探しているというスタンスに説得力が増す。もし、ヤンキーに因縁をつけられても
人前で大きい声出すの恥ずかしいじゃないですかぁ
こう言えばOK。
人前で1万円札をヒラヒラさせながら歩くほうが恥ずかしくも感じるが、そこらへんの矛盾は考え方の違いということでどうとでもなる! 完璧なアイデアだ! いざ、出陣!
当然トイレの外にヤンキーなどいなかったが、僕は念のため
とつぶやきながら、「中野ブロードウェイ」を30分かけて歩き続け、不安と恐怖に耐えられなくなり、その足で交番に駆け込んだ。