10年ほど前、血便が出たことがある。普段滅多なことでは医者にかからない僕だったが、さすがの血便様には恐れをなし、直ぐさま病院に急行した。
医者も大病の可能性を感じたのか、お尻からバリウムを注入し、X線検査を行うなど、僕の身体をくまなく調べ上げた。そのたいそうな検査っぷりに、僕は震えて結果を待った。
緊張と不安で顔面蒼白の僕に、医者は険しい顔で語りかけてくる。
「腸が大きく傷ついています。そこから出血しているのでしょう。しかし、色々な検査を行いましたが、何かしらの病気という可能性は限りなく低いです」
病気ではないと聞いて少しホッとする僕に、医者はとある質問を投げかけた。
「まぁ、病気ではないので安心して構わないのですが、一つだけ注意してください」
沢野:な、なんでしょう?
「沢野さん、プラスチックを食べていますね?」
意味がわからない。
ここまでの医者のセリフは、極力簡潔に再現したが、実際にはよくわからないカタカナの医療用語が織り交ぜられていた。
そんなわけで、突然でてきた“プラスチック”という単語が、僕の知らない医療用語なのか、それともいわゆる“あの”プラスチックなのか、僕は自信を持てなかった。
沢野:すいません。プラスチックって…なんですか?
「あのプラスチックです」
あのプラスチックだった。
いや、食べているはずがない。いくら金がない僕でも、さすがにプラスチックは食べない。それとも、人は料理に混入してしまったプラスチックの欠片を食べてしまっても気付かないということなのだろうか?
この医者はそういうニュアンスで、「プラスチックを食べていますね?」と言っているのだろうか?
混乱する僕を尻目に医者は続ける。
「コンビニのプリンについてくるプラスチックのスプーンあるでしょう?あれをバリバリ食べる人、たまにいるんですよ」
バリバリは食べてない。
混入してしまったプラスチックならまだしも、自ら進んでプラスチックを食べたりはしない。僕は否定したが、医者はまるで信じてくれない。
「でも、現にこうして食べてるじゃないですか?」
現に”も“こうして”も食べていない。「現に血が出てる」や「こうして血が出てる」ならともかく、この医者は、僕が目の前でプラスチックをバリバリ食べる実演をしたみたいな言いかたをしてくる。
言葉のチョイスが雑な人間に正しく返答するのは困難を極める。僕は、大人しくプラスチックをバリバリ食べたことを認め、
「今後、出来るだけプラスチックを食べない」
という不思議な約束を医者と交わして、病院を後にした。それ以降、血便は出ていない。