同居人Sの奇妙な課金”奇課金”を見て以来、僕を含む3人は普通にパズドラをしていても満足できない体になってしまっていた。相変わらず、「ガチャをするのは人前で」というルールは守られていたが、どうしても前ほどの盛り上がりは起きなかった。
僕は、Sの奇課金が見たくて仕方なくなっていた。
どうしても見たい奇課金
しかし、だからといって「あの無表情でガチャするヤツみせてくれよ!」「貧乏なクセに課金している姿が見たいんだよ!」と言ってしまうのはあまりにも野暮だ。奇課金独特の緊張感が台無しになってしまう。
どうにかしてあの緊張感を保ったまま、こっちからSに奇課金を振ることができはしないだろうか?
「あ~Sのガチャが見たいな~」違う。
「無表情のヤツ好きなんだよな~」違う。
「パズドラの新しいモンスター欲しくない?」全然違う!
どれもこれも野暮ったくて台無しだ!
そんなことを考えながらリビングでダラダラしていると、同居人の一人であるOが「なんか暇だなぁ」と呟いた。
暇なのはいつものこと。そんなことを言葉にしても何の意味もない。僕は違和感を覚えたが、適当に相づちを打つ。すると、Sが急に立ち上がった。そしてそのまま無言で家を出ていった。
あれ? もしかしてこれって・・・?
Oの顔を見ると、何やらしたり顔。そう、Oは「なんか暇だなぁ」というなんでもない言葉で、奇課金を振ることに成功したのだ。なんて無駄な意思疎通レベルの高さだ。さすがは毎日10時間近く一緒にゴロゴロしているだけはある! すごいぞSとO!
もちろんここでOに、「あの無表情でガチャ引くヤツやるの?」などと野暮な確認をしてしまったら、Oのチャレンジが台無しになる。僕はあえてなにも知らないフリをして、Sの帰りを待った。
しかし、徒歩1分の距離にコンビニはあるのに、いくら待ってもSは帰ってこない。おかしい。僕の勘違いか? OはSに奇課金を振った訳ではなかったのか? じゃあなぜ、Sは帰ってこないのだろう?
Oに確認したい気持ちをグッと堪え僕はいつものようにスーパーファミコンで「風来のシレン」をプレイする。一時間が過ぎ、すっかりSのことを忘れてしまっていたころ、
[su_animate type=”lightSpeedIn” delay=”0.5″]ガチャッ[/su_animate]
玄関のドアが開いた。Sが家に帰ってきたのだ。顔は無表情、言葉は一切発しない。
奇課金だ!!
こいつ、時間差を作って僕たちを翻弄しやがった! そのためにそこら辺をブラブラして時間を潰してきたのだ! なんて繊細で、なんて無駄な努力をする男なのだろう!?
Sは前回と同じように無表情で3000円分のiTunesカードのラベル部分を擦り出し、ゆっくりコードを入力。ガチャを回しては、当然のようにゴミモンスターを引き当てた。そして、表情を変えずに、一緒に買ってきたプッチンプリンを口に運んだ。
こいつ、一体どういう気持ちでプリン食ってるんだろう。
奇課金トリガー
それ以降、「暇だなぁ」という言葉は、奇課金のトリガーとなった。誰かがこのトリガーを引いたら、Sは無言で家を出て行く。5分後、10分後、1時間後、様々な時間を経て、Sは家に戻る。ときには、iTunesカードを予め用意していたのか、家を出た10秒後に戻ってくることもあった。
朝でも昼でも深夜でも、このトリガーは誰かによって引かれた。本当に暇なだけなのに誤ってトリガーを引いてしまうこともあった。頻度としては月に2、3度だったが、積もり積もっておそらくSの課金総額は2万は越えていたはず。僕たちにとってその金額はあまりにも大きく、次第に面白さよりも罪悪感のほうが大きくなっていった。
Sが自分から始めたこととはいえ、これはイジメではないだろうか? もしかして僕たちは、課金を無理強いしてしまっているのではないだろうか? そんな思いが脳裏を駆け巡る。Sにお金を貸している妹さんの顔までちらついてきた。Sを除く僕ら3名は、暗黙の了解としてトリガーを引くことはなくなっていった。
お尻で卵を守るS
奇課金のことも、トリガーのこともすっかり忘れたある日、Sは突然
「お尻で生卵を挟むと、どんなに強く蹴られても殻は割れない」
と言い出した。
あまりに興味深い発言に、僕はさっそくコンビニで生卵を購入し、Sの生尻に挟んでみた。そして、試しに思いっきりお尻を蹴ってみた。
結果、なんと卵は割れない。Sはどうだと言わんばかりの表情でこっちを見ている。
すごい! これはすごい発見だ! Sのお尻が特別なのだろうか? とにかくすごい!
手放しでSを褒め称える僕たち3人。Sも満面の笑みを浮かべている。興奮冷めやらぬ中、Sが脱いでいたズボンを渡そうと持ち上げると、ポケットからカードのようなモノが落ちた。
iTunesカード3000円分だった。
お、おまえ…隠れて課金してたのか?
お尻で卵を守り、バカみたいに笑っていたSはその瞬間表情を失い、無言でスーパーファミコンの電源をオンにした。
課金依存症…、本当に恐ろしい。