釈然としない。嗚呼、釈然としない。
あまりにも釈然としない出来事に遭遇した。とくに男性はとんでもなくモヤモヤしてしまうと思うので、読むなら覚悟を持ってほしい。
酔っ払いが大量発生するこの時期。終電間近、駅のホームに立っていると、目の前にいた若くて派手めな女性がぐらんぐらん揺れていた。どうやら酔っ払っているようだ。
沢野:(もし前方に転んでそこに電車がきたらどうしよう? 電車が来なくても無防備なまま線路に頭から突っ込んだら大変だ)
いつ転んでも掴めるよう両腕を女性のバッグ付近に漂わせ、僕は前傾姿勢を取った。
ドキドキしながら待ち構えていると、女性は予想通り前方に倒れ込んだ。準備していた僕は、すぐに女性のバッグと背中を掴み、なんとか転倒を回避。真面目な話、僕は彼女の命を救ったと言っても過言ではないと思う。しかしその女性は、僕にお礼を言うどころか驚くことに目をつぶってイビキをかいていた。
電車が来るまで5分。とりあえず柱に持たれかけさせると、女性は10秒ほどで目を覚まし、再び元の黄色い線ギリギリの位置で電車を待ち始めた。またしても僕は痴漢が襲いかかる寸前のポーズを取り、転倒に備えた。すると、それを見ていた50代くらいのおばちゃんが僕に話しかけてきた。
おばあちゃん:怖いねぇ。こんなに酔ってたら危なくてしょうがない
そう言うとおばちゃんは女性に肩を貸し、到着した電車に乗り込んだ。僕は女性の身体に触れてしまうと後々めんどくさいことになるかもしれないので、その女性のバッグに手を添えて一緒に乗車した。女性は、起きているのか起きていないのかわからないが、うんうん呻いていた。
電車は空いていた。女性を座らせ、その向かい側に座ると、おばちゃんは当然のように僕の隣に座ってきた。
おばあちゃん:それにしても今どきの若い子は何を考えているのかしら
目の前の女性を“今どきの若い子代表”として扱い、若い世代への愚痴を僕に漏らしてくる。僕はうたた寝する予定だったが、とりあえず話に頷いていた。その間も、酔っぱらい女性は座りながらぐわんぐわん頭を揺らしている。空いている横の席に寝転んだり、起き上がっては後頭部を窓ガラスに打ち付けるなど、凄まじい無防備っぷりを見せていた。
少しずつ人が増えてきた車内。大きめの駅に到着すると、酔っぱらい女性の隣に若いスーツ姿の男が乗り込んできた。男は女性の異変に気づくと、かろうじて目が開いている女性に何かを語りかけた。しかし女性は、酔っ払っているので耳が正常に機能していない。何度も聞き直していると、僕にも男性が「降りる駅で起こしましょうか?」と言っているのがわかった。
女性は会話をしたことで少し酔いが覚めた様子。時間の経過とともに眼が開き、言葉こそハッキリ聞き取れないが、なにやら男性にお礼を言い始めた。つい十分前に命を助けた男が反対側の席に座っていることも知らずいい気なものだ。
それを見たおばちゃんも、「酔いが覚めたようで良かった」「これで安心」などと口にする。しかし、本心は「もっと愚痴を言いたかった」といった表情。そのわかりやすい人間性に少し親しみを感じる。僕が、「僕らにもお礼言ってほしいですよね」と軽い冗談を言ってみると、おばちゃんは思いのほか笑った。「確かに〜」と僕の肩を叩いてくる。なんだかちょっと楽しかった。
おばちゃんと他愛もない談笑をしていた数分間。反対側の席で一体何が起きていたのだろうか?
ふと視線を向けると、男と女は恋人繋ぎで手をつなぎ、まるでキスするかの如く至近距離で顔面をこすり合わせて会話をしている。その様はまるで“コト”が始まる直前だ。
なんだろうこの気持ち………
なんだかとっても釈然としない!!!!
沢野:(え? なになになに? なんでそんな感じになってるの!? 会ったばっかだよね? 酔っぱらってたよね? 急にそんなのハレンチだよね? 『起こしてくれるだなんて優しい…好き!』ってこと!? え? え? え? ………僕、貴女の命救ってるんですけど!!!!!!!!!!!!!)
冷静になれば関係のない話だ。僕が命を救ったことと、彼らがイチャイチャしていることは、なんの関係もない。仮に僕の善業を彼女が覚えていたとしても、彼女にはそちらの男性と親しい仲になる権利がある。そんなことはわかっている。わかっているが………まったくもって納得が行かない!!!!!!
僕が頭の整理に必死になっていると、2人のイチャイチャはさらにエスカレート。ついには公衆の面前でキスまでする始末。
おばあちゃん:あらやだ。キスなんかしちゃって
うるせぇ!!!!!!
今はそれどころじゃない。数分前に僕が命を救った女が、ほんの少しの優しさを見せた男に身体を預けようとしている。なのに僕は見ず知らずのおばちゃんと一緒に談笑。なんなんだこのモヤモヤは!!!!!????
家に帰れば僕には妻がいる。かわいいかわいい子どもが2人もいる。別に生活に不満はない。むしろ、こんななんの取り柄もない僕には、不釣り合いなほどまともな生活を送らせて頂いている。そう、なに一つ、なに一つ不満はない。しかし…………心の底から面白くねぇ!!!!!!!!!
しかもよくよく見れば、その男女は2人とも結婚指輪を嵌めているではないか。なんという油断。この瞬間を万が一知り合いに見つかったら人生は一気に破綻する。それをわかったうえでこんなに燃え上がっているのだろうか?
沢野:(………盗撮してその画像を会社にばら撒いたろかおい!!)
自分が救ったはずの女性、その人生をメチャクチャにするプランを脳内で立てていると、2人のイチャイチャは最高潮へ達していた。お互いの顔面を抑えてさらにディープなキスをしていらっしゃる。
おばあちゃん:もしかして知り合いだったのかしら?
なんだこのトンチンカンババア!!!!!!
どうすることもできない僕は、仕方なくおばちゃんと「最近の若いものは恥を知らない」というトークテーマで十数分。目的駅に着き降りようとすると、奇しくもおばちゃんとその男女も同じ駅で降りた。長い長いエレベーター、イチャつく男女の真後ろで、僕とおばちゃんはまだ世間話をしていた。
本当に釈然としない話でしたw
とりあえずその女も男も線路に投げ飛ばしたいですねw
最初痴漢に間違われる話と思って読んでたら思わぬ角度からフックくらって頭がぼんやりしてます。