ーバーベキューとか好きなんだ? じゃあ今度みんなで一緒にキャンプ行かない?
この時期、こういう誘いを“大して仲良くないのに”してくるヤツがいる。親交を深めるために飲みの誘うという名目ならわかるが、やれ“温泉”だとか、やれ“沖縄”だとか、どうせなら仲良いヤツと行きたい場所に、それほどでもない関係のうちに誘ってくる。
僕の経験からいくと、こういうヤツはだいたい寂しがり屋の陽キャだ。女の子の場合、「私もディズニー好き!今度行こうよ!」が1番ベターだ。
例え行きたくなかったとしても、「いいねぇ!」「お!楽しそうだね!」とか適当に返事しておけば、計画はだいたい頓挫する。なぜならこの手の輩は、言葉に責任感がなく、雰囲気の割りに実行力がないからだ。しかし、それでも極たまに実行力を持ってしまっているヤツがいるから困る。
僕はこのパターンで、1度だけ窮地に追い込まれたことがある。
別れ際のパワーワード
3年前の春、友人の誕生日会に参加した。20人ほどで行われたそのパーティに、僕の知り合いはほぼいない。主役がアホほどチャラいヤツのため想像はできていたが、そこには、陽キャしか存在していなかった。
複雑でリズミカルなコール、ホールケーキの帽子を被った複数の男たち、誕生日じゃないヤツが「本日の主役」というタスキをかけるというボケ…
まったくノリが合わない。ほとんどの陽キャたちが二次会に向かうなか、早く1人になりたい僕は、迷わず一次会で切り上げることを選択。しかし、話の流れで喋ったこともない男と2人で、新宿駅まで歩くことになってしまった。
男:うっす。しゅう君(誕生日の男)のダチっすよね? いやー今日は楽しかったっすね
翌日の仕事が早いという彼は、なんだか飲み会が名残惜しそう。
沢野:いやー最高でしたね!
もちろん僕も話を合わせる。早く1人になりたいが、共通の友人であるしゅう君のメンツもあるため、黙り込むわけにはいかない。住んでいる最寄りの駅や、しゅう君との出会いのきっかけなど、当たり障りのない会話に終始した。
間もなく新宿駅に着く。あとは「楽しかった」だの、「来年も参加したい」だの、無難なことを言っておけばもう終わり、ミッション達成! やっと1人になれる。
だがその男は、ここにきて急な話題を展開してきた。
男:ところで、長渕って好きっすか?
突然“長渕”というパワーワード、残り数十秒でする話題ではない。一瞬戸惑ったが、僕はとりあえず曖昧な言葉を返す。
沢野:あんまり詳しいほうではないですけど、カッコいいっすよね
これに男は眼を輝かせ、とんでもない話をぶち込んできた。
男:今度、長渕がライブやるんですけど一緒に行きません?
行くわけがない!
見ず知らずの男と、特に好きでもない長渕のライブになんて行くわけがない。好きなアイドルとかのライブでも、行くなら仲良いヤツか1人がいい。
イキイキし始めた男は、さらに続ける。
男:富士山の麓で夜から朝にかけて、10時間近くも長渕が歌い続けるんですよ
出た! 『長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ2015in富士山麓』!
なにを気軽に『長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ2015in富士山麓』に誘ってきやがるんだコイツは!
そんなの長渕好きの大親友と行くやつであって、共通の友人が一人いる程度の関係で行くものではない。あまりにもの突飛な誘いに、僕がまごまごしていると、男は話をどんどん進めようとしてくる。
男:3ヶ月後の8月にあるんで、チケット発売されたら2枚取って置きますね
まだ取ってねーのかよ!
1枚余ってムリヤリ行く人を探しているのならまだわかる。しかしこいつは、今から名前も知らない僕のために、チケットを取ろうとまでしていやがる。
沢野:いや、でも初めて行くのがオールナイトライブはきついですかねぇ
困惑しながらもやんわりと断りを入れる僕。
男:大丈夫っす。長渕知らないダチを、10年前の桜島でのオールナイトライブに連れてったら喜んでましたから!
そいつらと行けよ!
なんで俺を誘うんだよ! そもそも10年以上のファンだったら一緒に行くヤツなんかいくらでもいるだはずだ。こいつは陽キャのくせに友達がいないのだろうか?
男:当日は俺のツレもたくさんいるんで楽しいっすよ!
ちゃんといた! しかもたくさんいた!
頭がおかしいのだろうか? 一人ぼっちでもない。チケットが余ったわけでもない。長渕話に花を咲かせたわけでもない。なのに見ず知らずの僕を誘うなんて、頭がおかしいとしか考えられない。
それとも、陽キャ界ではこれが普通なのだろうか? 知り合いだろうが知り合いじゃなかろうが、人が大勢いたら楽しめる。そういうものなのだろうか? だから10万人も集まるライブに足を運ぶのだろうか?
話を整理するため、聞いてみた。
沢野:なんで見ず知らずの僕を誘うんですか?
男:え、長渕好きに悪いやついなくないっすか?
ダメだ、こいつとは話ができそうにない。
その後電車に乗るまでの数十秒
「うへへへへ」
と薄ら笑いでその場をしのぎ、僕は富士山行きを拒みきった。