リオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドがロシアを去ることになった日、カザンで、そしてソチで輝きを放ったのはパリの男たちだった。
フランス対アルゼンチンの場合
キリアン・ムバッペが信じられないような脚力でPKを誘発したとき、ちょっとした予感があった。フランスとアルゼンチン、どちらが勝とうと、この試合の主役はリオネル・メッシではないだろう、と。
前半が終わる直前にアンヘル・ディ・マリアが完璧なミドルシュートをゴールネットに突き刺したとき、それはほとんど確信に変わった。ディ・マリアもムバッペも、パリ・サンジェルマン(PSG)の選手だったからだ。僕はこの試合をフランス対アルゼンチンではなく、PSG対その他のクラブという観点で捉えてみることにした。アントワーヌ・グリーズマンが蹴ったフランスの1点目のPKをムバッペの得点だと換算すれば、この時点で2対0だ。
もちろん、そんな流れにやすやすと屈服するメッシではない。バルセロナではPSGを相手に世紀の大逆転劇を演出したこともある。なにかをこじらせてしまった元恋人のように執拗なエンゴロ・カンテのマークを受けながらも、エベル・バネガのセットプレーのこぼれ球を拾い、独力でシュートを放つ。するとこれに右サイドバックのガブリエル・メルカドが触れてコースが変わり、アルゼンチンがフランスを逆転。同時に「その他のクラブ」がPSGとの差を1点に縮める。
攻めるしかないフランスは、ここで初めて両サイドバックが高い位置をとるようになる。並のチームなら、いくら人数をかけたところでそう簡単に得点は奪えない。カウンターのリスクが増大し、リードを広げられることも少なくない。しかし今大会のフランスは並のチームではなかった。制作費をかけすぎて大赤字を出したジャック・タチの『プレイタイム』が並の映画ではないように。
左サイドバックのリュカ・エルナンデスが敵陣を深くえぐり、マイナスのクロスを送る。中央で待つオリヴィエ・ジルーとグリーズマンには合わなかったが、右サイドバックのバンジャマン・パバールが上がっていた。お手本のような分厚い攻撃だ。パバールがペナルティエリア手前からハーフボレーを放つと、強烈なスピンのかかったボールがサイドネットに吸い込まれる。マーベラスとしか言いようがないシュートで、フランスと「その他」が同点に追い付いた。
勢いに乗ったフランスに対して、PSGは圧倒的に不利な状況に追い込まれた。勝ち越すためにはムバッペかディ・マリア、もしくはアルゼンチンのベンチに控えるジオバニ・ロ・チェルソがゴールを決めるほかない。そもそもスタメンの人数からして2対20なのだから、さすがに無謀なアイデアだったかもしれない。しかし、そんな僕の反省をあざ笑うかのように、ワンタッチで混戦から抜け出したムバッペがあっさりとゴールを奪ってしまった。とんでもないガキだ。これでフランスとPSGが勝ち越し、3対2。
極めつけは直後のカウンター。ジルーからもらった優しいパスを、10代の恋文のような繊細さと力強さを込めてゴールに流し込んだムバッペ。4対2にリードを広げられると、アルゼンチンも「その他」もさすがに応えたのか、激しい打ち合いはしばらく停滞する。最後の最後に、メッシからの正確な浮き玉をセルヒオ・アグエロがヘディングで決めて1点差まで詰め寄るのが精一杯だった。試合はフランスとPSGが4対3で勝利し、メッシのW杯は終わった。
ウルグアイ対ポルトガルの場合
W杯の歴史に残るような激戦の後、僕はウルグアイのエディンソン・カバーニのことを考えていた。PSGの選手として、あのズラタン・イブラヒモビッチよりも多くの得点を決めてきた生粋の点取り屋。彼とルイス・スアレスのコンビがウルグアイの攻撃の生命線であることは言うまでもない。そして今晩の流れなら、カバーニがゴールを奪うのが本寸法というものだろう。たとえクリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガルが相手だとしても、彼とパリのための夜にならない理由はない。
試合はそんな妄想通りの展開になった。およそフォワードが出すパスとは思えない、カバーニの見事なサイドチェンジでスアレスにボールが渡る。カットインしたスアレスが右足でクロスを送ると、ファーサイドに走り込んでいたのはカバーニだった。ダイナミックな展開から豪快にヘディングを叩き込み、まずはウルグアイとPSGが先制する。
イニシアチブを握っていたのは一貫してポルトガルだった。ウルグアイの倍以上のパスとシュートでゴールに迫り、55分にはショートコーナーからペペ(『ポンヌフの恋人』のドニ・ラヴァンに少し似ている)のヘディングで同点に追い付く。普通の試合なら、一気にポルトガルが逆転してもおかしくない流れだ。それでも勝負を決めたのはやはりパリの男だった。
同点ゴールの数分後、フェルナンド・ムスレラのゴールキックのこぼれ球をロドリゴ・ベンタンクールが収めて前を向く。中央のスアレスがデコイになりディフェンスを引きつけたことで、奥を走っていたフリーのカバーニへラストパスが通る。狙いすました右足のシュートが、ルイ・パトリシオの指先をかすめてゴールの隅に飛び込んだ。
カバーニの負傷交代もあり、その後はポルトガルが猛攻を続ける。しかしディエゴ・ゴディンを中心に粘り強く守るウルグアイがロナウドに仕事をさせない。この日、ロナウドは1人でウルグアイと同じ6本のシュートを放ったが、そのうち4本はブロックされ、枠に飛んだのは最初のひとつだけだった。試合はそのままウルグアイとPSGが2対1で勝利。こうしてメッシがいなくなった数時間後には、ロナウドもW杯から姿を消すことになった。
Paris est une fête
美しい夜は終わった。それはまさにパリのための夜だった。テレビ中継の合間のコマーシャルでPSGの5lackの曲が流れ、ジュリエット・ビノシュが「まどろめ、パリ!」と叫び、ジャック・タチが行く先々でトラブルを起こすような夜だ。リオネル・メッシもクリスティアーノ・ロナウドも、そこでは端役にすぎなかった。彼らのファンにとっては残念かもしれないが、フットボールにはそういう日もあるのだ。