HADO 2018 CLIMAX SEASONの戦いがスタート!

至高のエンターテイメント“大食い”に欠点はないのでは?「食べるを見る。秋の大食い特集」

バカみたいなことってバカみたいで面白い。足が速い奴を4年に1度、世界中から集めて誰が1番かを決めてみたり、1番重い物を持てる奴を決めてみたり、棒使って高く飛んでみたり。それらの努力を軽く上回る科学力が当たり前の現代で、まだ真剣にそんなことやってんだからバカみたいで面白くてカッコイイ。

自分の人生が残り何年かを計算して、それに合わせた財力と知識を手に入れて余裕を持った暮らしを画策する。そんなスマートな人生は立派だけど、やっぱり、円盤形のよくわかんない重たい何かを遠くにぶん投げて血管をブチギレさせながら喜んでるロシア人は、見ていてとっても気持ちが良い。老後の人生設計を考えている人は、自分とその周囲の数人を幸せにしていて偉いけど、そのロシア人は世界中をちょっとだけ幸せにしていてやっぱり偉い。

トレーニング風景を僕が取材したとしたら、ロシア人はきっと力こぶを作って「どうだすげーだろ」って笑って触らせてくれるに決まってる。触った僕は、その圧倒的な存在感に笑いが込み上げて、「うはー、すげーっす」って言う。バカみたいなことをしている人は、他人までバカみたいな気持ちにさせてくれる。バカみたいになる勇気や知恵や才能がない人間を、一緒にバカみたいにしてくれる力を持っている。彼らは人生の代行者なのだ。

「楽しいんだから良いじゃん」

大食いほどバカみたいなエンターテイメントも珍しい。美味いものを、時には美味くすらないものを極限まで食いまくって、なのに栄養は大して吸収しない。パンダが1日中笹食って「でも9割はクソになるんすけどね」って言ってるのと一緒だ。それでも大食いファイターたちは、「食べるのが好きだ」と言って笑顔で食べ進める。

小食の人間やダイエット中の人間の代わりに、食いまくって食いまくって食いまくってストレスを発散させてくれる。しかもそれが生まれつきの体質だっていうのだから、もうナチュラルボーンエンターテイナー。“食う”という人間誰しもがする当たり前の行為で、常識から突出してくれているなんてそんな人たち他にいない。

だが、僕が考える至高のエンターテイメント“大食い”にも、「食べ物を粗末にするな」「資源の無駄だ」という正論アンチが存在する。「ちょっとぐらい何かを犠牲にしてるけど、面白いんだからいいでしょ?」ではやっぱり納得がいかないのはわかるし、良くないのもわかる。だが、なんにも犠牲にしないエンターテイメントなんてこの世に存在しないのも事実だ。

「人を傷つけない笑いが好き!」とかクソみたいなこと言ってる奴をよく見かけるが、そいつが言ってる“人を傷つけない笑い”は、“誰も傷つけていないように見えて、自分自身を傷つけて笑いに変えている”だけだ。笑って楽しくなって盲目になってるだけなのだ。

スポーツだってそう。サッカーは意味も無く芝生を育ててそれを22人がかりで踏みつけているし、野球なんてボールという資源を犠牲に作った物体を、これまた資源で作ったバットでブン殴っている。そもそも当たり前のようにこの世に存在してるけど、ボールってなんだよ。自然界にないだろ、あんな丸いの。わざわざ作ってるけど、ただ楽しいだけじゃないか。資源の無駄以外の何物でもない。だが、ただ面白いからという理由だけで、牛の皮を引っぺがしたりなんの罪もない樹木をあれこれして作ったボールを、世間は許しているのだ。

だいたい、「ご飯粒残す人嫌い」とか正論ぶって言ってる奴が、他人とか、動物とか、国とか、道路とか、木とか、地球とか、カエルとか、蝸牛に対して、ご飯粒と同じ優しさを配っているのを見たことがない。なんでご飯粒にだけそんなに優しいのだろう。「農家の人がどんな思いをして作ったじゃわかってるの!!??」こんなことをクソみたいな彼氏にクソみたいでちょっとかわいい女が松屋で言っているのを見たことあるが、その言葉を言うために使った酸素への優しさはないのだろうか? 巻き散らかした唾を拭くための雑巾への思いやりは? ご飯粒にだけ優しい人類はマジで視界が狭い。

農家の方への感謝は大切だが、キリがないくらい人間は何かの犠牲の上に立って生きている。毎日ごめんなさいとありがとうを繰り返して生きているのだ。大食いばかりが文句を言われる筋合いなんてないのだ。

「食べ方が汚い」「苦しくなるまで食べるなんて意味わかんない」というヤツもよく聞く。小学生の僕は“飢えるジャンヌダルク”こと赤阪尊子さんが、汗と鼻水を垂らし、ズレるメガネを直しながらラーメンに食らいつく姿をノーハードルで受け入れてしまったので、正直アンチの気持ちはわからない。だが、言い分はわかる。いや、むしろ、なんて正しくて反論の余地がない意見なのだろうと関心さえする。眼の前で言われたら、「楽しいんだからいいじゃん!」というなんの解決にもなっていない言葉を吐き出すのが精一杯だろう。

それでもあえて言いたい。「楽しいんだから良いじゃん」。この強引で何にも整理されていないクソみたいな理屈の真意を、残念ながら僕は文章で伝える術を持っていない。なので、このサイトの9月の「大食い特集」で伝わったらいいなって思う。

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