チャレンジ開始からフィニッシュまでの18分24秒。僕たちは目の前の華奢な女性が食事をする姿に、ただただ圧倒されていた。口に食べ物を入れて、咀嚼し、飲み込む。それは当たり前すぎるくらい当たり前の行為だった。それでいて荘厳だった。端的に言って、美しかった。人が食事をするところを見て、こんな気持ちになるのは初めてだった。
「かつさと」多摩センター店「日本一のチャンピオンかつ丼」に挑む
この日、僕と先輩の沢野さんは多摩センターにやってきていた。沢野さんが企画した「大食い特集」にあたって、大食いYouTuberとして活動する三年食太郎 a.k.a. 松島萌子さんに取材を申し込んだところ、実際にチャレンジメニューに挑む姿を見学させてもらえることになったのだ。急なお願いに応じてくださり、本当にありがとうございます。
[box class=”box28″ title=”三年食太郎/松島萌子”]
東京都出身の21歳。新進気鋭の大食いYouTuber。好物は梅干し、ラーメン、辛いもの。
YouTube/Instagram/ブログ
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舞台は東海地方を中心に広くフランチャイズ展開する「かつさと」の多摩センター店。500円というリーズナブルな価格でハイクオリティーなかつ丼を提供している同店には、「日本一のチャンピオンかつ丼」というチャレンジメニューが用意されている。通常のかつ丼の6人前、およそ3kgというボリュームを誇る「チャンピオンかつ丼」の写真がこちらだ。
うーん、意味がわからない。『グラップラー刃牙』の最大トーナメント編で、アンドレアス・リーガンが入場したときの「デカアァァァァァいッ 説明不要!!」というフレーズが頭の中を駆けめぐる。一応説明しておくと、比較対象として右に置いた通常のかつ丼も決して小さいわけではない。1人前としては充分すぎるほどのボリュームだ。実際、同行していた大食い(を見るのが大好きだけど、本人はむしろ少食)ライターの沢野さんは、この通常サイズのかつ丼1杯で完全に満腹になっていた。
チャレンジメニューの制限時間は30分。時間内に完食すれば無料、失敗すれば2500円を支払う、というシンプルなルールだった。僕たちは事前に食太郎さんのYouTubeをチェックしていたので、「30分で3kg」というミッションが彼女にとってそこまで困難ではないことは理解していた。それでも、この冗談みたいなかつ丼の仰々しいフォルムを前にすると「えっ、普通に無理なんじゃないか?」という絶望感が襲ってくる。だって3kgって、赤ちゃんくらいあるわけですよ? いきなり赤ちゃんを完食して体重が3kgも増えたらやばくないですか?
沢野さんはいつになくソワソワしていた。大食いファンの沢野さんにとっても、実際に目の前で本格的なチャレンジを見るのは初めての体験らしく、瞳を輝かせながら「やばい、やばい……」とうわ言のように繰り返している。会社の先輩が童貞を喪失する瞬間に居合わせてしまった、と僕は思った。そうこうしているうちに食太郎さんが動画撮影のセッティングを終え、店員さんの開始の合図によってチャレンジが始まった。
そして童貞は恋に落ちた
「おいしい! 衣がサクサクで、味付けもバッチリです」と笑顔で感想を語りながら、かつ丼を口に運んでいく食太郎さん。手慣れた動きで割り箸とスプーンを使い分けて、ざりざりとかつ丼の山を切り崩していく。開始から何分経ってもペースがまったく乱れない。巨大な食欲の開放、蕩尽、蹂躙。沢野さんと僕は、「チャンピオンかつ丼」のチャンピオンとしての威厳が削られていく様子を、バカみたいに口を半開きにしたまま陶然とした表情で眺めていた。
強調しておきたいのは、食太郎さんが「本当においしそうに食べている」ということ。性急な印象や「無理をしている」という悲壮感がまったくない。おかげで見ているだけの僕たちまで食欲を喚起されて、すでに満腹状態だったにも関わらずうどんを注文して一瞬で平らげてしまったほどだ。これがプロの食事か……。
童貞ライター兼カメラマンの沢野さんが感動のあまり途中経過の写真を撮るのを忘れていたので、次のカットではもう終盤。開始からわずか12分35秒で、「チャンピオンかつ丼」の残りは1.5人前ほどになっていた。
おもむろにオレンジジュースを注文して飲み始める食太郎さん。ジュースで味覚をリセットすることで、延々と同じ味が続くチャレンジメニューのおいしさをあらためて堪能することができるという。童貞の沢野さんによると、「単純に量を食べるだけなら余計な水分は摂らないのが大食いのセオリー」とのことだが、それだけ余裕があるということなのだろう。
あっ、なんか丼を持ち上げて本気モードっぽい! ほら、カッコいいから撮ってよ童貞!
見事に完食。タイマーに表示された残り時間は11分36秒。18分24秒で6人前のかつ丼を胃に収めた食太郎さんは、礼儀正しく「ごちそうさまでした」と手を合わせ、「あー、おいしかったー」とニコニコしながら食後のコーラを楽しんでいた。
店から出たとき、僕はいい映画を見たあとのような感慨に浸っていた。大食いファンの童貞は、たぶんもっと感動していたのだろう。プロ野球選手に教えを請う野球少年のように、大食いについてのさまざまな質問を食太郎さんにぶつけていた。
食太郎さんと別れた帰り道、京王線の車中で童貞が「すごかったね。なんていうか、こう、奇麗だった。食べているところを見て、ちょっと好きになりかけたもん」と、いかにも童貞っぽいことを言った。正直な話、僕もまったく同感だった。こうして多摩センターで2人の童貞が恋に落ちた。三年食太郎さん、ときめきをありがとうございました。
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そんな三年食太郎 a.k.a. 松島萌子さんが、9月17日(月・祝)の20時から放送される「大食い女王決定戦 2018」(テレビ東京系)にご出演されます。来週は童貞(沢野)による食太郎さんへのインタビュー記事も掲載されますので、どうぞお楽しみに。
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