5月10日、前日本代表監督のハリルホジッチ氏が、名誉回復を求めてJFA(日本サッカー協会)を提訴する意向であることがわかった。JFAの田嶋会長が「最終的な意思決定は会長の専権事項」と語り、解任を事前に理事会にはからなかったこと、また解任の決め手として「コミュニケーション不足」という曖昧な理由をあげたことなどが原因と考えられる。
まさかここまで泥沼なビーフ(罵り合い)が、日本のサッカー界で、それも代表監督をめぐって繰り広げられる日が来ようとは。W杯自体はあまり盛り上がっていないのに……。
ビーフの果てに未来はあるのか?
ロシアW杯の開幕まで残り2ヶ月となった2018年4月7日、ヴァイッド・ハリルホジッチはサッカー日本代表監督の任を解かれた。
それからの1ヶ月は関連報道の嵐。論調は書き手や媒体によってさまざまだが、テレビやスポーツ新聞といった大手メディアはおおむねハリルホジッチに対して冷淡であり、あからさまにJFA(日本サッカー協会)の顔色を伺った提灯記事も少なくなかった(と、僕は記憶している)。
もちろん評論家やライター、そして熱心なサッカーファンの中には、JFA、そして田嶋幸三会長の姿勢に批判的な言論を展開している人もたくさんいる。ビジョンのない解任劇に対して、あるいはホモソーシャルな権力構造に対して、日本サッカーを応援している人たちが怒りと嫌悪感を抱くのはもっともなことだと思う。
「継続性を放棄した」「スポンサーの言いなり」「マブダチ人事やめろ」といったものから、一部の選手によるチームの私物化疑惑を指して「今の日本代表は”僕ら”ではなく”あいつら”のチーム」「こんな代表応援できない!」レベルにヒートアップしたものまで、ネットを中心にこうした声は絶え間なく発信され続けている。
ごく個人的な感情レベルの話をすると、僕はハリルホジッチに同情的で、JFAに対して批判的だ。とみに4月27日の会見後、彼が代表にかけてきた情熱や日本へのラブを知るにつれて「ハリルめっちゃいい人やん! 正直すまんかった。てかJFAってクソじゃね?」という気持ちになった。
ならないわけがないじゃないですか!
だって田嶋会長はいかにも悪役顔だし、そのくせ話すことはチーズスフレみたいにフワッとしていて要領を得ないし、映画や漫画なら絶対に鼻持ちならない権力者キャラじゃん。解任されたハリルが弱小チームを率いて日本代表を倒すやつじゃん。
とはいえ公平を期すなら、情緒に流されてハリルの言い分だけを一方的に鵜呑みにするわけにはいかない。そして正直なところ、このビーフの果てに日本サッカーの明るい未来が待っているとも思えない。この状況で少しでも意義のあることを言うために、なにか新基軸はないか……。
なら、いっちょファクトチェックでもしてみるか
ということで、日本記者クラブで行なわれた例の会見内容を一部抜粋して、ファクトチェックをしてみることにした。
[box class=”box26″ title=”ファクトチェックとは”]
情報の正確性・妥当性を検証する行為。主に政治家やメディアが発する情報に対して行われる。ここでは某大手新聞社に倣って◯△×方式で進めていく
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以下、4月27日のヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の会見の一部を抜粋
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3年前から、私は誰ともなんの問題もなかった。特に選手との問題はありませんでした
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→×(間違い)
ハリルホジッチは認めないかもしれないが、問題はあった。香川真司や本田圭佑が代表落選時に残したコメントや、ウクライナ戦後の各選手のインタビューからもそれは明らかだ。同会見での「オーストラリア戦後に、試合に出ていない2人の選手ががっかりしていた」という彼自身の発言とも食い違っている。
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人前で誰か一人の選手を批判したことは一度としてありません。”悪いのは私””批判するんだったら、ハリルを批判してくれ”と言っていました
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→◯(正しい)
選手個人への批判はなかった。それぞれのコンディション(所属チームでの調子、ケガ、体脂肪率など)について改善を促すことは数えきれないくらいあったけど、それは批判にはあたらないだろう。
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W杯に向けて海外遠征を2回行いました。そこでは世界における最高峰のチームとの試合をセットしたわけです
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→×(印象操作)
たしかに昨年11月の遠征ではブラジル、ベルギーと試合をしたが、今年3月の対戦相手のマリとウクライナは残念ながら最高峰ではない。ついでに「ブラジル戦の後半には2回のゴールシーンがあった」というもののひとつはオフサイドだし、「ベルギー戦はほぼ完璧だった。結果的には負けたけど勝てたかもしれない試合」も無理がある。
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なぜ、会長にしても西野さんにしても、“ハリル、問題があるぞ”と一度として言ってくれなかったのか。なにかあっても誰もなにも言わなかった
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→◯(正しい)
4月10日の会見で、JFAの田嶋会長は「解任を告げたとき、彼はびっくりしていた。動揺も怒りもあったと思う」と語っている。さらに「西野技術委員長とも議論し、スタッフとも議論し、岡田副会長とも議論した」とも述べているが、そこにハリルホジッチの名前はない。
ちなみに西野新監督は4月12日の就任会見で「(3月のベルギー遠征後に監督就任を打診されて)そのときは正直、間違いなくハリルホジッチ監督を支えていきたい気持ちでいっぱいでした」と発言しているし、3月28日のウクライナ戦直後の取材ではハリル体制について「もちろん継続して考えたい」と技術委員長の立場から答えていた。
要するに、田嶋会長を中心としたクローズドサークルを除けば、誰にとっても寝耳に水の話だったということだろう。フランスの自宅に戻ったハリルホジッチは、遠い日本の密室で自分の解任が議論されているなんて知る由もなかったはずだ。何度も出すタイミングがあったはずのイエローカードを出し渋って、いきなりレッドカードを提示した協会側の論拠が「コミュニケーション不足」というのも……。
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槙野選手から励ましのメッセージをもらいました※全文は長いので省略
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→△(誇張あり。直接の手紙やメールではなく、SNSからの引用)
同選手のインスタグラムに綴られた感謝の思いを大幅に脚色。ハリルが会見で語った「JFAの決定について非常に落胆しています」「ハリルホジッチ監督のW杯がぜひ見たかった」という部分は原文には存在しない。槙野本人の「嘘はひとつもないですから」というフォローでかろうじて△。
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W杯ブラジル大会でも、かなりいい監督だったと自負しています。W杯出場権を得て、日本でもいい仕事をしたと思っています
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→◯(正しい)
2014年ブラジル大会のアルジェリアは本当にいいチームだった。中でも前半の3得点で勝負を決めた韓国戦、そして決勝トーナメント1回戦のドイツ戦はすばらしい試合だった。ドイツのGKがノイアーでなければ、アルジェリアが勝っていてもおかしくなかっただろう。日本での仕事についても、在任期間中唯一の「ガチ試合」であるW杯予選を首位通過しているのだから、最低限以上の結果は出している。
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すべてのトレーニング、練習に彼(西野前技術委員長・現監督)は参加していました。いつも“良かった”と言ってくれました
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→△(不明)
本当だったら面白いですよね。「良かった」という言葉の虚脱感がいい。なんかこの部分だけ抜き出したら恋人同士みたいだな……。
ビッグなメルシー、ビッグなブラボーを
ファクトチェックをしてみて感じたのは、ハリルホジッチはかなり話を盛りがちな人であるということ、そしてプライドの高さと正比例した強い信念を持った人であるということだ。空気もまったく読まない。正直、上司や先輩だったらすこぶる面倒くさいタイプだろう。選考基準は独特だったし、戦術や精神性が日本代表にフィットしていたかどうかも疑わしい。それでも、僕はどこまでも実直な彼のことが嫌いではなかった。あらためて解任を残念に思う。
最後に、彼の会見で特にグッときた部分を紹介しよう。
「私は日本の永遠のサポーターだ」
「日本代表は今、窮地に陥っている。お願いだから、彼らに準備の時間を与えてあげてほしい。日本代表にはぜひいいW杯、いい試合をしてほしい」
ファクトチェックはできないけど、これはブッチギリの◎でしょう。彼が会見の冒頭で使った言葉を借用して、僕からもハリルに「ビッグなメルシー」と「ビッグなブラボー」を送りたい。
一方、以下はハリルの会見をうけてのJFAの田嶋幸三会長の発言である。
「これで彼の気が晴れるなら、それでいいと思います」
……はい。
不透明な解任の経緯をつまびらかにするためには、訴訟も必要なことなのでしょうね。たぶん。