ベルギー対イングランドの3位決定戦が始まったとき、ラファエル・ナダルとノバク・ジョコビッチによる荘厳な準決勝はまだ続いていた。ベルギーのトーマス・ムニエが先制点を奪ったときも、彼らはタイブレークのない最終セットを戦い続けていた。言うまでもなく、ウインブルドンの準決勝にはとてつもなく大きな価値がある。では、W杯の3位決定戦はどうだろうか?
3位決定戦は無意味なのか?
イングランド代表でキャプテンを務めていた往年の名ストライカー、アラン・シアラーは自身のTwitterにこう綴っている。
「3位と4位のプレーオフなんて完全に愚かだ。やりたい選手はいない」
また、4年前のブラジルW杯の話になるが、当時オランダ代表の監督だったルイス・ファン・ハールは、ブラジルとの3位決定戦を前にして以下のように語っていた。
「3位決定戦などやるべきじゃない。もう10年もそう言い続けてきた。最悪なのは、2連敗で大会を終える可能性があるということだ。ここまで素晴らしいプレーを見せてきたチームが、最後の2試合に負けたというだけで、敗者として国に帰ることになるかもしれない。3位決定戦にはなんの意味もない。まあ、とにかくやらなくてはならないが」
結果的にオランダは「ミネイロンの惨劇」を引きずる開催国のブラジルを3対0で粉砕したが、アリエン・ロッベンは複雑なコメントを残している。
「気持ち良く勝つことができたが、失望もある。決勝にあれほど近づいていたことを考えれば、良かったとは言えない。今日は普段とは全く異なる試合だった。これはオランダの試合ではない。ただ、このチームを誇りに思っている。すべてを出し切ったよ。3位という結果は、オランダ国民全員で勝ち取ったものだと思う」
一流のサッカー選手である以上、目指すのは常に頂点だけ。決勝進出を逃した失望感は大きく、3位という成績で埋め合わせられるようなものではない。彼らの気持ちも言い分も、至極真っ当なものだと思う。それでも、僕は3位決定戦の特殊な空気が好きだ。決勝戦の前日に相応しいほどよいチルアウト感や、出番の少なかった控え選手たちの躍動、あるいはギリギリの状況から解放された両チームの、結果に対する過剰すぎない(決して手を抜いているわけではない)モチベーション。美しいプレーだってたくさん生まれている。2006年はバスティアン・シュバインシュタイガーの2本のミドルシュート、2010年はディエゴ・フォルランの叩きつけて曲げるアメージングなボレーシュート、2014年はロッベンの冗談のような快速……。とにかく、試合を見て損をしたという記憶はまったくない。
少なくとも視聴者にとって3位決定戦はちょっとしたカーニバルであり、ハリー・ケインやロメル・ルカクのように得点王を争う選手からすればボーナスステージでもある。例えとして適切かどうかはわからないが、たぶん僕はツール・ド・フランスの最終ステージのような祝祭感をそこに求めている。一番大事な勝負は終わった。でもまだ最後のスプリントが残っている。
ベルギーはアーティスト、イングランドは……
今大会の3位決定戦も、とても見どころのある試合になった。とりわけ日本のファンにとっては、このベルギーをあそこまで追い詰めた代表チームが誇らしく、そしてなおさら悔しく思えるような内容だったのではないだろうか。
ベルギーのカウンターはイングランドにとって脅威以外のなにものでもなかった。彼らのトランジション・サッカーは試合を重ねるごとに洗練されて、昨晩は極限まで彫琢された芸術作品の域に達していた。とりわけ80分の流麗なロングカウンターには、感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。イングランドサポーターも、あんなのものを見せられたら笑いながら拍手するしかないだろう。ムニエのボレーシュートはジョーダン・ピックフォードのファインセーブに遭ってゴールにはならなかったが、もし大会に「ベストノーゴール賞」があれば受賞は間違いないはずだ。
誰がどうやってあのレベルの速攻をデザインしているのか。そしてたった数秒の間に、選手たちの脳内にはどんなビジョンが描かれ、共有されているのか。まったく想像もつかないが、ケヴィン・デ・ブライネとエデン・アザールのいるベルギーならば、そのへんのサッカー少年が監督でもベスト16までは進める。それくらいは僕にもわかる。
プレミアリーグのオールスター戦のようなこのゲームで、イングランドは図らずもチームとしての限界を露呈してしまった。ジョゼップ・グアルディオラやユルゲン・クロップのような監督の存在もあり、クラブレベルでは画一的なキック・アンド・ラッシュからの脱却に成功した現在のプレミアリーグだが、代表レベルにまでその恩恵を落とし込めているとは言い難い。身も蓋もない話をすれば、セットプレーとロングボールに依存した蓋然性の低いサッカーでは、頂点に立つのはやはり難しいのではないだろうか。
若いチームがベスト4まで到達したことで世論は楽観的なのかもしれない。しかし、もしFAが本気でW杯に勝つために代表の強化に取り組むのであれば、クリエイティブな才能をフックアップできない育成環境を問い直すことが必要なのではないだろうか。もしイングランドにデ・ブライネやクリスティアン・エリクセンのような選手がいれば、ほとんど輝きを放てなかったラヒーム・スターリングやデレ・アリの大会になってもおかしくなかったと僕は思っている。
いざ、決勝へ
最終セットの第18ゲーム。ナダルが芝に足をとられて、ジョコビッチがブレーク。2日間にわたる5時間14分の死闘は幕を閉じた。ウインブルドンに3位決定戦はない。そもそもテニスで3位決定戦を行うのはメダルが懸かったオリンピックくらいだが、錦織圭がナダルに勝利して銅メダルを獲得した2年前のリオデジャネイロでの一戦を「無意味だった」と評する人は(少なくとも日本には)ほとんど存在しないだろう。そう考えるとサッカー界の「3位」に対する淡白な感覚に、少しばかり不思議な気持ちにならなくもない。
しかし昨晩のベルギーは過去最高の「3位」を獲得するためにベストなメンバーを組み、高いモチベーションで試合に臨んでいた。イングランドからすれば中2日という厳しい日程に加えて、過去に優勝経験があるということも多少は影響したかもしれない。まあ、普通に考えたらイングランドが絶好調でもたぶん勝てなかっただろうとは思うけれど……。
いずれにしても、僕はこの3位決定戦を存分に楽しんだ。それはベルギーの美しいカウンターを肴に酒が飲めるタイプの祝祭だった。こういう試合なら、テレビ朝日の実況と松木安太郎の解説にもまだかろうじて耐えられる。
いよいよ今晩は決勝だ。もうなにも言うことはない。グラスワンダーとスペシャルウィークが激突した1999年の宝塚記念で、実況の杉本清が「もう言葉はいらないのか」と言っていたが、今ならその気持ちがよくわかる。僕はなんとなく、グラスワンダーがクロアチアで、スペシャルウィークがフランスであるような気がしている。そうあってほしいと思っている。