モハメド・サラーが金曜日の試合に出場することはなく、エジプトはウルグアイに1-0で敗れた。フジテレビの中継が終わったあと、サッカーをあまり見ない友人から連絡があった。「いい試合だったね」と彼は言った。「あそこまでいったらエジプトに粘ってほしかった」とも。
別にエジプトという国に思い入れがあるわけではないが、僕も同じ気持ちだった。
6月16日、予定日
5月26日のチャンピオンズリーグ決勝でセルヒオ・ラモスともつれ合い、転倒して肩を負傷したモハメド・サラー。当初発表された全治は3週間で、6月16日が「予定日」だったが、怪我がいつ回復するかなんて本当のところは誰にもわからない。だがエジプトのクーペル監督は前日会見で「彼は100%プレーする」と言い放った。陽動作戦かもな、と思ったサッカーファンも少なくないだろう。それでも基本的には、監督の言葉を素直に受け取ってサラーが出場すること(スタメンかベンチスタートかはともかくとして)を信じていた人が多かったと思う。
はたして試合はサラー抜きでスタートした。エジプトは最年長出場が期待されたゴールキーパーのエル・ハダリもベンチで、スタメンにはエル・シェナウィが抜擢された。前半はお互いに強度の高いプレーを披露し、奪ってから(あるいは奪われてから)のトランジションも、2018年のワールドカップにふさわしいスピードと精度を保っていた。ゴールこそ生まれないが、見ごたえのある好ゲームだ。
タレント力で上回るのはウルグアイ。ほとんど世界最高と言っても差し支えないスアレスとカバーニの2トップが、前半から幾度となくチャンスを作っていくが、なぜだか決めきれない。
後半開始直後、カバーニのパスに抜け出したスアレスが決定機を迎えるも、エル・シェナウィが至近距離のシュートをヒザに当てるスーパーセーブ。頭を抱えて天を仰ぐスアレス。味方の好プレーに一喜一憂するベンチのサラーがカメラに抜かれる。このあたりから、おそらくこの試合にサラーは出ないのだ、と視聴者たちも薄々勘付きはじめていた。
そして興味の対象が「サラー」から「エジプト」へと徐々にスライドする。左サイドで幾度となく確率の低いロングカウンターを試みるトレゼゲ(元フランス代表のトレゼゲに似ているから、という理由で改名したらしいが、言うほど似ていない)に、ウルグアイのクロスやロングボールをことごとく跳ね返すヘガジに、カバーニの強烈なシュートを枠外にはじき出すエル・シェナウィに、各々が各々の方法で感情を移入するようになったのだ。くりくりした瞳でベンチから戦況を見つめるあの英雄のために、君たちが怪物揃いのウルグアイから勝ち点を奪ってみせてくれ、といった具合に。
一方のウルグアイも必死だ。60分を過ぎたあたりからは攻撃も守備も前半のようなスピード感がなくなり、両サイドの選手を代えたもののエジプトの堅牢なディフェンス陣を打破できない。チームに喝を入れるようにゴディンが攻撃に参加して勝利への意志を押し出すが、今日は頼みのスアレスが絶不調。もうひとりのエース、カバーニも88分のフリーキックをまたしてもエル・シェナウィの右手とポストに阻まれてしまう。すばらしいシュート、そしてすばらしいセーブ。
ここで僕は一息ついた。「やれやれ、なんとか引き分けには持ち込めそうだな」と。エジプトびいきの視聴者はみんなそんな気分だったはずだ。勝負がついたのはその数十秒後だった。
89分、右サイドからのセットプレー。ウルグアイのサンチェスが蹴ったボールを、クラブでも兄貴分ゴディンとコンビを組むセンターバック、ヒメネスがヘディングでゴール。ここまで何度もエジプトを救ってきたエル・シェナウィは一歩も動けず、消沈するサラーの顔がテレビに映し出される。その後、5分のアディショナルタイムがあったもののエジプトはほぼ無抵抗。試合は1-0でウルグアイが勝利し、冒頭の会話につながるのだった。
金曜日の夜、英雄モハメド・サラーは試合に出なかった。そしてエジプトは最後の最後でウルグアイに敗れた。僕たちの願望は叶わなかったが、それはそれで構わない。試合はとても楽しかったし、エジプトにもサラーにも、まだ可能性は残されている。次は6月19日、開催国のロシア戦。エジプトからすれば絶対に勝たなければいけない試合だ。エジプトは望みをつなぐことができるだろうか。そして「ベンチに座るサラーの悲しそうな顔はもう見たくない」というファンの願いは叶うだろうか。