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【ロシアW杯全部見る】試合がないなら『東欧サッカークロニクル』を読めばいいじゃない

「これは奇跡であり、奇跡ではない」――マリオ・マンジュキッチ

ついにクロアチアがW杯の決勝にまで駒を進めました。安い称賛の言葉を送るのもためらわれますが、本当にもうね、ただただ素晴らしいチーム、素晴らしい選手たちです。しかしながら、「人口500万にも満たない旧ユーゴの小国が成し遂げた快挙」という通り一遍の見方だけでは、冒頭に掲げたマンジュキッチの言葉はなかなか消化しきれない。その「奇跡(あるいは奇跡ではない)」は、日本代表がアップセットを起こすたびに生まれる「◯◯の奇跡」とはまるで種類の違う、多層的で重たい意味を持った「奇跡」だからです。

クロアチアを含む東欧の歴史にも生活にも文化にも、そしてサッカーにも明るくない僕ですが、彼らと彼らを取り巻く環境についての理解を助けてくれる良書がありました。今年の5月に上梓された、長束恭行氏の『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)。クロアチアの快進撃の影響もあり、比較的ニッチなジャンルであるにも関わらず重版が決まったそうです。めでたい!

『東欧サッカークロニクル』には、実にさまざまな人種と国籍の人間が登場します。英雄もいれば庶民もいるし、長束氏と関わりの深いイビチャ・オシムのような賢人はもちろん、JFAの田嶋会長が善人に思えるほど悪辣な権力者も出てきます。文章の中で、彼らは怒り、蔑み、自惚れ、飛び蹴りを見舞い、石を投げ、愚痴をこぼし、タオルマフラーを掲げ、チャントを歌い、安酒をあおり、友情を育んで、涙を流し、笑いながら生きていました。つまるところ、それは文学です。

「一緒に天国、一緒に地獄、BBBとディナモ!」

ルカ・モドリッチやマンジュキッチはもちろん、三浦知良も在籍したことで知られているクロアチアの名門ディナモ・ザグレブですが、その実際について知悉している日本語の書き手は長束氏くらいでしょう。当時の会長だったズラヴトコ・マミッチはクラブを私物化し、さらにクロアチアサッカー連盟の会長にW杯得点王のダヴォル・シュケルを傀儡として擁立。彼らの胸ひとつで数々の醜悪なできごとがまかり通る腐敗ぶりは、長束氏が書かなければ日本で知られることは決してなかった。それだけでも充分に資料的な価値があると思います。

ユーゴ崩壊前夜、1990年のディナモ・ザグレブ対レッドスター・ベオグラード戦における暴動で、警官に蹴りを入れたことでディナモサポーターの英雄になったズヴォニミール・ボバン。長束氏はボバン本人へのインタビューに加えて、数々の資料をかき集めて当日のできごとを可能な限り客観的に検証しようと試みます。一枚、また一枚と英雄のベールを剥がしていった先に、腰が抜けるような(それでいて、笑いごとではないような)新事実が待っている構成も秀逸。

上記のふたつの文章で「被害者兼加害者」として登場した、ディナモ・ザグレブの超過激なサポーター集団であるBBB(バッド・ブルー・ボーイズ)。そんな彼らと連れ立って、モルドバ国内にある謎の未承認国家・沿ドニエストル共和国へと遠征に向かう珍道中を書いた「謎の地域、沿ドニエストルへ。2010CL予選」は紀行文として、そしてコミカルな青春小説として素晴らしい。なんだか東欧版の『ダーク・スター・サファリ』のようで、間違いなく本書の中でも白眉の出来です。詳細は伏せますが、「ディナモのサポーターはフーリガンだよ。くれぐれも気をつけてね」というセリフには思わず笑ってしまいました。お前が言うのかよ!

W杯のアレコレについて、より深く知るために

準々決勝のロシア戦の直後、DFのドマゴイ・ヴィーダとコーチのオグニェン・ヴコイェヴィッチが「ウクライナに栄光を!」という動画をアップしたことで、FIFAから罰金処分を受けたクロアチア。無関係なはずの彼らがそんな剣呑な発言をするに至った経緯も、ロシアのクリミア侵攻後にウクライナのキエフで行われたシャフタール・ドネツク(クロアチアのシンボルだったダリヨ・スルナが所属)とディナモ・キエフ(ヴコイェヴィッチとヴィーダが所属)のナショナル・ダービーについての記述を読めば、いくらか腑に落ちるところがあると思います。

同様に、コソボのサッカーの現状について記された章を読むことで、スイス対セルビアの試合で問題になったグラニト・ジャカとジェルダン・シャキリのパフォーマンスについても、もう少し理解を深めることができるでしょう。ひとつひとつの文章は決して長くありませんが、なにかを知ろうとする契機として作用するリアルな強度があります。速報性の高いインスタントな情報に物足りなさを感じていた人は、欠けていたピースが埋まるような感覚を味わえるはずです。

僕はW杯の副読本として『東欧サッカークロニクル』を読みながら、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『幸福な無名時代』を思い出していました。もちろん、1950年代後半のベネズエラと、2000年代から2010年代にかけての東欧諸国がまるで別物なのは言うまでもありません。僕が似通っていると感じたのは、どうしようもない複雑さを背負って生きる人々の「人間らしさ」を記録しようとするジャーナリストとしての誠実な姿勢、そして過剰な叙情と思い入れを排した(だからこそすぐれて叙情的な)筆致です。

サッカー好きでなくても楽しめる本ですが、今回のW杯をある程度見ていれば確実に読み応えが増すと思います。逆に、本書を読んでいなくてもW杯の決勝戦はもちろん楽しめますが、読んでいれば2~3倍は楽しめるはず。ただ本書を読了してしまった場合、ほぼ間違いなくクロアチアに肩入れしてしまうという難点はありますが……。ここまできたら僕もクロアチアを応援しますよ、そりゃ。

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