錦織圭が、2016年以来2年ぶりとなるATPファイナルズへの出場を決めた。ATPファイナルズとは、年間成績の上位8選手で競うツアー最終戦。トップ中のトップ選手だけが参加を許され、雰囲気もゴージャスで明らかに他の大会とは一線を画した特別なステージだ。
2014年に錦織が日本人として初めて出場するまで、その存在すら知らなかったという人も多いのではないだろうか。そんなプレミアムな舞台に錦織が4度目となる参加を果たす。こんな締めくくりになるなんて、右手首のケガによる長期離脱の真っ只中だった今年のスタート時点ではまったく想像もつかなかった。
チャレンジャー1回戦負けからのファイナル進出!
本当に、復帰イヤーとしては最高の1年を錦織は過ごしたと思う。なまじツアー決勝に何度も進出したもんだから、「また決勝で負けた」なんて印象で語られてしまいがちだが、マスターズ1000のモンテカルロでノーシードから勝ち上がり準優勝。その後も東京とウィーンで準優勝している。グランドスラムでもウィンブルドンでベスト8、全米でベスト4の成績を収めた。
手首というテニス選手にとって生命線とも言える箇所のケガだけに、慎重を期す必要もあるし、状態が上向くのにも時間がかかるはずだった。なんたって、復帰直後はチャレンジャー大会で世界ランク238位の選手相手に1回戦負けしている。チャレンジャー大会といったら、グランドスラムの下の、マスターズ1000の下の、500シリーズの下の、250シリーズの下、というカテゴリーだ。そこから同年のファイナルに出場なんて、出来過ぎにもほどがある。
現在の錦織の調子はかなりいい。ポイント的には出場8選手中最も下(※)、ギリギリでのファイナル進出ではあるが、かなり期待できると言っていいだろう。そしてなにより、錦織には勝たなければいけない理由がある。それは、錦織の出場が盟友ファン・マルティン・デルポトロの骨折による繰り上がりであることにほかならない。
(※)その後、ラファエル・ナダルもケガによるファイナル棄権を発表しリザーブのジョン・イスナーが代替出場することになったため、錦織は8選手中7番目になりました。
ケガの先輩でもあるデルポトロ
錦織とデルポトロは、ジュニア時代からのライバルだった。いや、ライバルというより、錦織にとって常に壁として立ちはだかる存在だった。実際、198センチあるし。2008年の全米で、フェレールとの死闘を制してベスト16に進出した錦織をコテンパンに叩きのめしたデルポトロのインパクトは未だに鮮明に覚えている。その後もデルポトロの強烈なショットはここぞというところで錦織の行く手を阻み、いつしか僕らは「デルポトロに勝てるかどうか」を錦織の成長、進化の試金石と見るようになっていった。
しかし、デルポトロもまたケガに泣かされた選手だった。2009年の全米でグランドスラム初優勝を果たし、翌年には世界ランク4位にまでなったデルポトロだが、その後は両手首のケガに苦しむ。2010年に右手首を手術。2012年にトップ10に返り咲いたが、今度は2014年と2015年1月、6月に左手首を手術。箇所が箇所だけに再発も多く、復帰してはまた離脱、を繰り返す彼の姿は正直かわいそうで見ていられなかった。
グランドスラムで名前を聞くこともなくなり、2016年にはランキングを1000位以下にまで下げたデルポトロだったが、そこからまた必死にカムバックへの道のりを歩む。そして、今年3月にマスターズ1000インディアンウェルズで初優勝。ケガを乗り越え、本来の力を取り戻したデルポトロに、称賛と尊敬の意を表すトップ選手たちも多かった。もともと凄くいい奴だしね。最後の離脱から2年以上かかったが、今年1年間を通して安定した活躍をした結果、世界ランクも自己最高の3位にまで上昇。2009年以来2度目となるファイナルの切符も手に入れた。はずだった。
あまりにもつらい…
しかし。そんなデルポトロをまたしてもケガが襲う。先月のマスターズ1000上海で転倒。右膝蓋骨折だった。
神様はどこまで彼に試練を与えるのだろう。デルポトロの「非常に厳しい瞬間だ。とてもつらい」「力を奪い取られる大きな打撃だ。回復のことはなかなか考えられない。こんなことが起きるなんて予想していなかった」というコメントがつらすぎる。
錦織は、そんなデルポトロの無念も背負ってファイナルに出場する。繰り上げでの出場が確定すると錦織は最初のツイートで「まず第一に、デルポトロの早い回復を願いたいと思います。彼はとても素晴らしい1年を送りました」と友を気遣うコメントをしている。
1歳上のデルポトロは錦織にとって身近な目標だったはずだ。加えて、自身のケガの多さと重ねる合わせることも多かったのではないか。今年のデルポトロの活躍は、長期離脱からの復帰を目指す錦織の励みにもなったに違いない。そしてまた、完全復活を果たした両者がしのぎを削る様を思い浮かべたのではないだろうか。少なくとも見ている方はそんな2人を想像してわくわくした。
錦織もデルポトロのケガには心を痛めているだろう。同時に、今度は錦織がデルポトロを勇気づけることができると考えているかもしれない。自身のファイナルでの活躍によって。
錦織ならやってくれるはずだ。