週刊少年ジャンプにおいて、ある意味で努力、友情、勝利よりも大事なものがある。それは次シリーズへの“引き”の強さだ。しかし、読者アンケートを大事にするジャンプでは、ムリに引きを作ってしまうことによって、キャラクターのインフレが起こりやすい。このせいで、その場しのぎの強キャラが登場するだけの、インフレ破綻漫画は過去にも数多く存在する。
少年漫画の“蓋”
インフレ破綻を防ぐために、初期段階から最強キャラを出して上限設定をするという手法がある。例えば「ONE PIECE」だったらシャンクスら四皇や革命軍のドラゴン、「HUNTER×HUNTER」ならジン=フリークスだ。彼らがいるお陰でどんなに強い敵が現れても、読者はシャンクスやジンのさらに強い姿を想像するため、そのさきの展開を楽しみにすることができる。
現に「ONE PIECE」空島編で、ゴロゴロの実の能力者エネルが現れたとき、「これ以上強いヤツマジでいんのかよ!?」とビビらされた読者は多いハズだ。僕はこの手法を勝手に「蓋をする」と名付けており、上限設定キャラのことを“蓋”と呼んでいる。この蓋を主人公が越え出すと、作者自身がインフレの波に飲み込まれて、作品がとっ散らかってしまう可能性が高い。「食戟のソーマ」において、蓋は幸平(才波)城一郎。幸平創真の父だ。
「食戟のソーマ」の基本舞台は、名門料理学校「遠月学園」。ここには高校生とは思えないレベルの料理人が多数在籍し、そのトップ“第一席”には司瑛士という男が立っていた。この司がいわば遠月学園の蓋、同作品における“仮の蓋”だ。だが、この仮の蓋を創真は割りとあっさりと開けてしまった。
幸平創真&薙切えりなVS“第一席”司瑛士&“第二席”小林竜胆という変則マッチにはなるが、創真は勝利を収めて第一席になってしまったのだ。このバトル自体が薙切えりなの力が大きかったため、本当の学園内最強になったわけではない。だが、とにもかくにも創真は第一席に座り、仮の蓋を開けてしまったのだ。
盛り上がりと反比例して附田先生がテンパっている可能性もなくもない!
この漫画の本当の蓋は前述した通り、幸平城一郎。この蓋さえガッチガチに閉まっていれば、物語のインフレは食い止められる。城一郎さえ最強感を醸し出し続けてくれれば、創真がいくら強くなってもバランスは保たれる。所詮は学園内での成り上がり、蓋の中での出来事に過ぎないだから。
しかし、第271話「“世代最強”の息子」で、“本当の蓋”城一郎がやられてしまうという事件が起きる。相手は今シリーズのボスと見られる才波朝陽、城一郎いわく「もう1人の息子」らしい。
ジャンプ最新号の第281話のタイトル「THE BLUE」は、世界中の35歳以下の若手料理人が集まる由緒正しき大会の名前であり、城一郎が一度料理人の道を踏み外しかけたきっかけでもある。参戦こそしなかったものの、城一郎にとって過去の同大会は大きな人生の転機となった。蓋の人生の転機なのだから作品にとっても「THE BLUE」の意味合いはめちゃくちゃにデカイ。そんな「THE BLUE」での勝負を、才波朝陽は薙切えりなに申し込んだ。
おそらく創真も「THE BLUE」にエントリーする展開になるのだろう。蓋は半開き、ライバルは世界、親父の人生の転機、そして異母兄弟とのバトル。ヤバイ。良くも悪くも、いや、悪玉要素多めでクライマックス感がハンパじゃない。
物語としては最高潮の盛り上がりを見せそうな気配だが、蓋がない! 創真の成長の余白がない! 作者がインフレのコントロールをできてない可能性がなくもない!
田所恵と伊武崎にかかっている!
そんなクライマックス感(最終シリーズ感)満載の281話だったが、続投の希望ももちろんある。それはラストのコマで不穏な様子を見せていた城一郎だ。城一郎が朝陽に負けたシーンは細かく描写されておらず、実際には何かしらの不利な要素があったのかも知れないし、わざと負けたという可能性もなくはない。
「THE BLUE」と朝陽の権威を保ちつつ、敗北の理由を丁度良いバランスで提示できれば、ストーリーを破綻させることなく城一郎が蓋として返り咲くことができるハズだ。蓋はまだ完全に開いてはいない。全読者を納得させるのはかなり難しいが、城一郎には頑張って欲しい。
そしてもう1つの望みは、今話の第十席田所恵のワンシーン。席次の1番低い田所は、1年生十傑総出の中、接客という形で1番の活躍をして見せた。実際に1番美味いものを作ったわけではないので説得力に欠けてしまうかもしれないが、この描写は、“強い者が勝つ”ではなく、“得意分野なら格上にも勝てる”を表している。強者にばかり注目が集まりがちな少年漫画なだけに、この田所の活躍はストーリーのスパイスになる。
つまり、燻すの大好き伊武崎峻が、燻製対決で誰か強キャラを打ち負かすことができたら、この漫画はインフレを無視した、グルメバトル漫画に成長することができるということなのだ。ということで、頑張れ伊武崎!