愛憎入り混じる対象、細田守。『時をかける少女』は大好きなのですが、『サマーウォーズ』、『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』での家族礼賛ぶり、ヒロインの自我の薄さには結構引いてしまう。
そんな細田監督の闇が爆発した映画『ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を見たよ。
トラウマ映画として有名
まず言いたいのは、この作品のキャッチコピーが「史上最大の笑劇!!」って悪質すぎるだろ!
ルフィたち“麦わらの一味”が訪れたオマツリ島で待ち受けていたのは、肩から花を咲かせた不思議な男・オマツリ男爵と、頭に葉っぱを植えたその仲間たち。オマツリ男爵は、秘密の宝物と引き換えに、ルフィに“地獄の試練”を持ちかけるのだった――。
どうです。なんだか楽しそうでしょう。序盤は確かにストレートに楽しいんです。巨大金魚すくいとか。しかし、ルフィたちが島の秘密に迫るにつれて、物語は不気味さを漂わせていきます。
「このダークな雰囲気、『クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』(大好き)を思い出すなぁ」と思っていたら、クライマックス辺りは『ヘンダーランド~』を飛び越えて、もはや『エヴァンゲリオン』。リリー・カーネーションの内臓っぽい造形は、大人でもトラウマ必至。
しかも麦わらの一味はギスギスしているし、ルフィは無数の矢に射抜かれて白目向いているし、画面は暗いし、『ONE PIECE』なのにがっつり“死”が描かれているし。
私は単純に「細田守の初長編アニメ監督作品」ということで『オマツリ男爵~』を見たのですが、見終わってから、同作品がトラウマ映画として有名なことを知りました。早く言ってよ!
『ハウル』制作時の苦しみを物語に
『オマツリ男爵~』という物語のベースには、細田監督の『ハウルの動く城』制作当時の経験があることが明かされています。
参考 『ONE PIECE ―オマツリ男爵と秘密の島―』細田守インタビュー(2)
細田監督は当初、『ハウルの動く城』の監督を担当する予定でした。スタッフを集めて、一生懸命に制作を進めていったものの、結局プロジェクトは中止に。その中で、仲間も失ってしまい、監督は絶望を味わったのでした。
『オマツリ男爵~』とは、失った仲間を忘れられない苦しさを描いた物語です。あまり自分の感情を作品に反映させる印象のない細田監督ですが、同映画では、どうしちゃったの? というくらい腹の底を見せている。自分の分身であるオマツリ男爵に対して「前に進め」と呼びかけるセルフカウンセリングのような作品……。
監督の“病み”が赤裸々に描かれていて、私、なんだか心配になってしまった。「大丈夫? あっためた牛乳飲む?」という気持ちにさせられてしまった。
“素朴な考え方の人”なんかじゃない
近年の細田作品には、賛否両論がつきものです。それは家族や女性の描写があまりにも古臭く感じられてしまうから。田舎礼賛、家父長制礼賛、健気すぎて自我がないようにも見える女性キャラクターたち。2010年代にさすがにそれは……と辟易する人々は筆者も含め多いようです。
私はその辺りの描写を見て「よく言えば素朴な考え方の人なんだろうなぁ」と受け止めていたのですが、『オマツリ男爵~』を見るに、そんな単純な話でもないっぽいなというか。細田監督は、クリエイター仲間を失った悲しみから、今度は血縁という解消しにくい関係に魅力を見出して、そこでオマツリ男爵と仲間たちのように密なコミュニティを築こうとしているのかもしれません。
もしくは、仲間を失ったことで誰も信じられなくなり、「どうせお前たち、こんなの好きだろ?」となかば自嘲しながらビジネスライクにウケる作品を作ろうとした結果なのか。
近年の細田作品が提示する価値観は大変素朴ですが、その価値観に至るまでの道のりは、けっしてシンプルではないようだと『オマツリ男爵~』によって感じさせられたのでした。
一流クリエイターによるセルフカウンセリング
『オマツリ男爵~』は見るべき作品かと聞かれたら、そりゃ見るべき作品ですよ! 興行収入40億円、50億円を叩き出すクリエイターのセルフカウンセリングなんて、少しでもアニメが好きなら絶対見ておきたい作品でしょう。まぁ野次馬根性も相当込みですけど。
でも多くの『ONE PIECE』ファンが公開後に怒り狂ったのは仕方ない。そりゃそうです。麦わら一味の痛快な冒険ストーリーが見られると思ったら、知らんおっさんの泣き言を聞かされたんですから。
『オマツリ男爵~』が“トラウマ映画”と呼ばれることは納得ですし、こんな自分の腹の底までさらけ出したものを商業ラインに乗せてしまうのはどうなんだよとも思いますが、しかし、本作によって救われた人々もゼロではないんじゃないですかね。
状態の悪い人を救う、状態の悪い映画
私は杉作J太郎の「状態が悪いときに助けてくれるのは、状態が悪い人です」という言葉が好きなんですが、『オマツリ男爵~』なんて相当に状態の悪い映画だよ。状態の悪い映画によって、状態の悪い人は救われるのでは? スタートとなる感情がどうあれ、真摯に作られている作品であることに間違いはないので。
というわけで、『オマツリ男爵~』はやたら暗い雰囲気ではありますが、その強い負のエネルギーによって、誰かを救う力も持っていそうな作品です。ベクトルの方向は真逆ですが、エネルギーの強さという1点においては、興行収入50億円を突破した代表作『バケモノの子』をしのぐのではないでしょうか。
……細田監督は愛憎入り混じる対象なので、悔しいところではありますが、『オマツリ男爵~』、めちゃくちゃ好きな作品ですね、これは……。