牛乳石鹸のCMがなんだかものすごい。「与えるもの」篇って言っているのに、主人公がただただ家族に迷惑をかけているだけなのがすごい。そのわりには妙に悩んでいるっぽいのがすごい。
もちろん大炎上しているわけですが、この映像って“自分の不機嫌を他人に押し付けるタイプの人”にイライラさせられた経験のある人に、そのイライラを絶妙な加減で思い出させる作用があるんじゃないですかね。
お前はなぜ電話に出ない!?
問題となっている牛乳石鹸のWEBムービー「与えるもの」篇は、新井浩文演じる父親のある1日を描いた物語です。
その日は息子の誕生日、主人公は妻からケーキとプレゼントを買うのを頼まれていたにもかかわらず、部下と飲みに行き、妻に連絡も入れず、電話にも出ず……。当然帰宅したら妻から「なんで飲んで来るかな……」と呆れられるわけですが、「話終わっていない」と訴える妻を無視して、「風呂入ってくる」と風呂へ。入浴後ようやく「さっきはごめんね」と妻に謝り、息子の誕生日パーティーが始まります。そしてラストに「さ、洗いながそ」のキャッチコピーがドーン!
YouTubeにアップされた公式動画の説明文によると、
昔気質で頑固な父親に育てられ、
反面教師にすることで今の幸せを手にした彼。「家族思いの優しいパパ」。
でも、このままでいいのだろうか。ふとそんな疑問を抱く。
それでも、お風呂に入り、リセットし、自分を肯定して、
また明日へ向かっていく。がんばるお父さんたちを応援するムービーです。
とのことです。
悩みはわかったけど、妻と子供がかわいそうだろ!
いや、伝えたいことは漠然とわかるんですよ……。家父長制が悪しき旧来の家族の形とされた今、男性たちは、ロールモデル不在のまま“父親”にならないといけない。
「男なら仕事に打ち込んでなんぼ」的な言説も完全になくなったわけではなく、しかも自分の頭の中で完全に古い言説として処理しきれているわけでもなく、価値観の過渡期の中で、「本当にこれでいいのか?」という葛藤を感じている。
現代の男性たちは、そんな悩みを抱えているんだなと同情する部分もあります。
しかし、それ以上に私は「妻と子どもがかわいそうだろ……」と思ってしまう。ケーキとプレゼントを頼んでいるのに、夫の帰りが遅く、電話もつながらない。しかもやっと帰ったと思ったら、謝る前に風呂。あまりにもひどい。
「正しくないけど、気持ちはわかる」というジレンマは、なにか創作物を鑑賞する上での醍醐味と言えるかもしれません。しかし、「こいつ……!」という気持ちが先に来てしまうのは、父親に共感させるための描写が足りていないのと同時に、多くの人々に“こういう奴にイライラさせられた経験”があるからでしょう。
悩んでいるからって無邪気すぎるよ
主人公の「俺は悩んでいる……」という態度の裏で、妻が困らされているわけです。しかし、主人公はその辺を知ってか知らずか、知っている上で知らないふりをしているのか。
こういう無意識のうちに「自分は苦しんでいるのだから、周囲に迷惑をかけるのも致しかたなし」と思っていそうな人に気を遣わされた経験のある人は少なくないんじゃないでしょうか。急に黙ってしまったけれど、何が原因だろう? 明らかに不機嫌そうだけど、どうしても話しかけなきゃいけないんだよな……。
そんな経験をした人は、主人公の妙に悩んだ表情で家庭にガンガン迷惑をかける姿を見て、「お前みたいに! 自分の感情の発露に無邪気すぎる奴がいるから!」と過去のイライラを思い出してさらにイライラしてしまう無限ループ。
私がこの映像に感じた腹立たしさって、要するに“主人公みたいなタイプの人間ムカつく”ですし、たぶん同じ怒りかたをしている人って多いと思うんですよね。しかも映像内で、主人公の行動が批判的に描かれているわけでもない。甘やかすなよ! きー!
絶対こいつはまた同じことで悩み出す
ところで最近、とても良いこと言うな~と思ったのが、恋愛コラムニストであるアルテイシアさんの「『悩む』と『考える』は違うから」という言葉。ただ「今の状態は嫌だ~」と頭を抱えているのが“悩む”だとすれば、問題解決のために思考を整理することが“考える”だそうです。
参考 「ハイスペ婚したけど幸せじゃない」自分がわからない女子にカウンセリング①
では、果たして牛乳石鹸の映像の主人公は、正しく考えられているのでしょうか?
本当に自分のモヤモヤを解決したいなら、自分が受けた教育と、今の「家族思いの優しいパパ」的な教育それぞれで考えられる長短所を分析するとか、「仕事一筋」の姿勢が可能な家庭環境なのか? とか、考えるべき、家族で話し合うべきことはいろいろあります。
しかし、主人公は「このままでいいのかな……」とぐるぐる“悩み”、風呂入ってなんとなくリセットしただけ。
もはやイライラした私の妄想ですが、絶対この主人公は、またそのうち「このままでいいのかな……」と悩みだして、どこかに迷惑をかけますよ! それでまた風呂入って洗い流した気持ちになって、根本的な問題は解決しないままですよ!
ただ、映像内で気に入ったのは、新井浩文の佇まいです。頻繁に職務質問を受けるという彼は、立っているだけで不穏なムードを漂わせています。
ラストのゴミ捨てシーンなんて、「もしや中身は妻と子供の死体か……!?」と無駄にハラハラしてしまいました。『葛城事件』もよかったし、新井浩文には家庭の歪みを描いた映画にまた出てほしいですね~。
話が逸れたところで終わります。