—ぶつかるかな〜? ぶつからないかな〜? ……ぶつかりませんでしたぁ!
肩車をしているとき、上方に木の枝や信号などがあると娘はこの言葉を口にする。高さ的に絶対に届かない障害物に対しても、自らで“ぶつかる”か“ぶつからない”かの緊張感を演出し、スリルを楽しんでいるらしい。
下から僕が「次はぶつかるんじゃないの〜?」などと煽ると、肩車なので顔は見えないが、娘はおそらく満面の笑みで次の障害物を探していることだろう。
娘が生み出した“くだり”
この「〇〇かな〜? 〇〇じゃないかな〜?」は臨機応変で、娘はさまざまな場面で使用する。
たとえば寝かしつけのとき。僕が「早く寝なよ」と言うと、娘は、「寝るかな〜? 寝ないかな〜?」と煽りを入れてくる。そして眼を閉じて寝たフリをしたあと急に起き上がり、「寝ませんでしたぁ!」と嬉しそうな笑顔。これを何度も繰り返されるとメチャクチャに面倒くさいが、些細なことでも自分の力で楽しいイベントにするその心構えは見習いたい。
くだりの応用編
ある日、コーヒーを飲もうとしている僕に、娘は「これ熱いの?」と質問してきた。なんの気なしに「熱いかな〜? 熱くないかな〜?」と娘の真似をしてみる。一口飲んで「熱くなかったねぇ!」と言えば、いつものくだりの完成だ。
しかし、それだけでは物足りないと感じた僕は、コーヒーを口に付けた瞬間「アチチ、熱かったねぇ!」と戯けて見せる。すると娘は、「ぎゃはははは! 熱くないかと思ったら、熱かったねぇ!」と笑い転げた。
よっぽどお気に召したのか、娘は僕がコーヒーを飲むたびに、「熱いかな〜? 熱くないかな〜?」とこの熱がるくだりを振ってくるようになった。その都度僕は熱がっては戯け、娘は笑い転げる。幸せだった。ただただ幸せな日々だった。この遊びがあんなことになるとは予想もしていなかった……。
ほとんど「世にも奇妙な物語」
その日、僕が仕事から帰ると娘はいつものように駆け足で玄関まで迎えに来てくれた。「お家の中で走ったら転んじゃうよ」と僕が注意すると、娘は「転ぶかな〜? 転ばないかな〜?」といつものアレ。僕が顛末を見届けていると、娘はゆっくりと膝をついてその場に倒れる。
—転んじゃったねぇ!
可愛いは可愛い。しかし、何かが少しだけ引っかかる。その正体がわからない僕が部屋着に着替えようと寝室に入ると、娘は引き戸の開けたり閉めたりを繰り返し出した。不思議な行動だったが子ども特有のものだろうと、「開けたり閉めたりすると手を挟んじゃうよ」と注意。すると次の瞬間、娘はニッコリ笑ってこう言い放った。
—挟んじゃうかな〜? 挟んじゃわないかな〜?
背筋に寒気が走る。
娘は左手を引き戸の受ける部分に添えたまま、思いっきり右手で引き戸を閉めた。
—イタタタタ! 挟んじゃったねぇ!
所詮は2歳児の力、血が出たり後に残る傷にはなっていなかったが、左手の人差し指は赤く腫れていた。
「こんなことしちゃダメだよ!」僕が焦る姿を見て、娘は腹を笑い転げる。2歳の子どもに、冗談かそうでないかの区別なんかつかない。いくら怒っても、いつもの“くだり”の範疇を出てくれないのだ。
その後も、イスの上で遊ぶ娘に「落ちちゃうからやめな」と注意すれば、「落ちるかな〜? 落ちないかな〜?」。コンロの火を触ろうとし、「触るとアチチだよ!」とすれば、「触るかな〜? 触らないかな〜?」と事あるごとに、ニヤニヤしながら例のくだりをぶち込んでくる。すべて力尽くで止めてはいるが、放っておいたら大怪我を負うことになる。まるで「世にも奇妙な物語」の世界観だ。
怖い物知らずの2歳児。うちの場合は、注射を受けても泣かないほど痛みに強いだけに、どんな無茶な遊びを仕掛けてくるのか気が気じゃない。