「俯瞰的なものの見方をしなければ」という思いは、私の中でもはや強迫観念と化している。
ムカついた出来事があったとしても、「さまざまな事情があって仕方ない部分もあるのだ……」と自分に言い聞かせて感情を抑え込んだ結果、変なタイミングで爆発する。また、あまり周囲の事情を推察しきれていない(と感じた)人間に対して、「は? 頭悪すぎ。クソバカ許すまじ」と苛烈な怒りが沸き起こるが、その攻撃心の根はおそらく嫉妬にある。
人間が持つ想像力というものを神格化しすぎるがゆえに悲しきスーパー苛立ちモンスターと変貌してしまった私だが、9月いっぱいでDDTプロレスリングを退団した入江茂弘を見ているうちに「ムカついたときは、もっとカジュアルに決闘申し込んだりしよう」という考えに変わっていきました。
明らかに団体と上手くいっていない
昨年12月の東京・後楽園ホール大会、試合後に入江が松井幸則レフェリーと神妙な面持ちで握手を交わしているのを見て、「おや?」と思った観客は多かったことでしょう。その後、入江のブログには、DDTが主催するシングルマッチのリーグ戦「D王 GRAND PRIX 2018」にエントリーされなかった悔しさがつづられるとともに、年明けから急きょ海外遠征に行くことが発表されました。
会社はそう考えてはくれなかったみたいです。確かに大切な時期に何度も海外に行くワガママな選手は、使い辛かったのかもしれません
(中略)
自分では、自分のため、そしてDDTのために、大切な事をやっているつもりだったんですが…。
明らかに不穏!
海外遠征に行ってから、入江のSNSの更新はストップし、DDT側からの発表も一切なし。「このままフェードアウトか……」と誰もが残念がっていた中、今年3月に行われた両国国技館大会のメインイベント後、リング上に入江が登場。当時チャンピオンだった竹下幸之介に挑戦表明しました。
そして、5月には竹下を撃破してKO-D無差別級ベルトを奪取。DDTのアイコン的存在で団体のプロデューサーでもある(8月に辞任)男色ディーノに「マンネリの極地」などと噛み付いて注目を集めました。
入江より“大人”な考えを持った他選手たち
反体制を掲げた入江ですが、彼の言い分には無茶苦茶なところもありました(破天荒な言動で知られる“カリスマ”佐々木大輔にさえ「筋が通っていなかった」と言われてしまっている)。たとえば、「D王 GRAND PRIX 2018」にエントリーされなかった不満を吐露する入江に対して、彰人はこう言っています。
自分の思い通りにいかなかったら、それを評価してくれなかったみたいな言い方。そして自分の思い通りにいかなかったから、年始から急遽海外遠征。普通なら会社に前々から相談して、この期間行ってきます、で決めるものなのに急遽。あなたが”大好き”というDDTにワガママを言って迷惑をかける形になってるよ。
D王の人選は会社が選んだもの。その人選は実力だけじゃないだろうし、選ばれないということは必ずしも悪い意味じゃないでしょう。会社はD王に入っていない人間にタッグやextreme戦線に期待をしていたのかもだし。
スーパーど正論である。さすがDDTがプロデュースする東京・新宿歌舞伎町のプロレス&スポーツBat「ドロップキック」の4代目店長も務める彰人。ものの見方が大人です。
また、「今のDDTはつまらない」と主張する入江に対して、男色ディーノはTwitter上で、「お前もDDTの一員だ。他人のせいにしてんじゃねえ」と反論していました。こちらも大人。
②君は言う。DDTが変わらない。つまらない、と。ファンが言うのは構わない。そう思わせてしまった責任は私が負おう。でも、選手が言うのは違う。変える、面白くするのは各選手だろう?私はずっと言ってきたよ。何を見せたいか?と。簡単に言うと。お前もDDTの一員だ。他人のせいにしてんじゃねえ。
— 男色ディーノ (@dandieno) 2018年6月24日
しかし、この夏、私にとってDDTで一番面白かったのは入江でした。
“言っちゃうこと”はそれ自体面白いよなー
プロレスは、ショーであると同時に、ナマの感情が核にある戦いでもあるのがややこしい。だからこそ、同期対決や師弟対決はもちろん、マジでお互いイラッとしている部分があるんだろうなという選手同士の試合のときは、会場に極上の緊張感がただよいます。
選手の持つ感情が試合を彩るスパイスである以上、思っていることを適切な言葉で発信できるプロレスラーは偉い。長州力は、その卓越した言語センスを糸井重里から「電通に入っていれば大成功していた」と絶賛されています。しかし適切な言葉を選ぶことができる能力以上に大切なことがあります。それは、「まず発信する」ことでしょう。言わなきゃそもそも伝わらないんです。
たとえ私がリングデビューしたとしても、「確かに○○選手のことはめっちゃ嫌だけど、○○選手にもさまざまな事情があるのだから……突き詰めると日本の教育が悪いと言えるし、そうなると選挙権を持つ日本国民である自分にも責任がないわけではない……」などと考え始めて、結局何も言えずにただじっとしているだけの選手になりそうです。そして、発信力が一切ないプロレスラーというのは、いくら強くても味気ない。
それよりは、「○○選手はムカつく! なぜならクチャラーだから! あと声がデカいから!」とあっさり言ってしまえるプロレスラーのほうが、どんなに弱くても一定の支持は得られるでしょう。
俯瞰的なものの見方は美徳かもしれないけど、それで静かになってしまうんだったら、つまらない。たとえ筋が通っていなかろうが、“言っちゃうこと”はそれ自体面白いよなーと、入江の暴れっぷりを見て、人生観が10度くらい変わったきがします。
DDTを退団して、再び海外へ行く入江茂弘。どうかお元気で……。あ、反体制時代も面白かったですが、ニコニコしている巨大な赤ちゃんのような入江も好きです!