小林銅蟲によるグルメ漫画『めしにしましょう』を読んで、読者の漫画読みレベルがめちゃくちゃ試される漫画だ……と思いました。いや、これでも小林銅蟲的にはものすごく抑えているのでしょうが。
「欲望のレシピ」がMPを回復させる
漫画雑誌『イブニング』にて連載中の『めしにしましょう』は、漫画家・广大脳子(まだれ・だいのうこ)の仕事場で振る舞われる料理を描いたグルメ漫画。もはやチーフアシスタント兼料理人と呼べる青梅川おめがが、切り口がスマホ並の厚さのカツを載せた“超級カツ丼”やすっぽん鍋、山海の珍味を壺に入れて壺ごと蒸し煮にする高級中華料理“佛跳牆”などのスケールの大きい料理を作っていきます。
「漫画家が仕事場で食べる料理を描いたグルメ漫画」と聞いたら、ほとんどの人が、ササッと調理できる簡単だけど美味い料理を想像することでしょう。しかし、『めしにしましょう』は真逆の方向性!
作者の小林自身アシスタント経験が長いですし(現在も『累』連載中の松浦だるまのもとでチーフアシスタントを担当)、凝って旨味が詰まった料理というのが、修羅場で本当に求められている料理なのかも……。おめがの「『欲望のレシピ』が我々のMP(やるき)を回復するんです」というセリフは、作者の実感が込められたものなのでしょう。
繰り出される不条理&ナンセンスなギャグ
ところで冒頭で言った通り、『めしにしましょう』は、「読者の漫画読みレベルがめちゃくちゃ試される漫画」です。あまり漫画を読まない、読んでいるとしても実写化されるようなヒット作がほとんどという人が『めしにしましょう』を手に取ったら、大変な混乱に襲われるのでは……。
カルト的な人気を誇る作者・小林の作風は、不条理&ナンセンス。ネット上では「ヤク中漫画家」と呼ばれています(当然ネタ!)。ウェブで連載している4コマ漫画『ねぎ姉さん』などから比べたら、さすがに大人しくしている感じはあるものの、それでも『めしにしましょう』だってエッジが効きまくっている。
参考 ねぎ姉さん
たとえば广が大好物のウニをたっぷり乗せた絹かけ丼を食べて、幸福のあまり“1機”増えるところ。喜びで1機増える……まではギャグとして受け入れられるかもしれませんが、广が2人になったまま話が展開していくところは、漫画をそこそこ読んでいる人でさえ「なんだ、この漫画……」と戸惑いそう。
ロボット掃除機は喋るし、脚が生えるし、虫を食べるし。おめがは小脇に抱えた謎のポシェット(?)から、食材を都合よく取り出すし。これだけ聞くと、なんでもありなドタバタギャグ漫画を想像するかもしれませんが、作品全体の雰囲気はわりとロー。
淡々としているけど、脈絡なんてものは存在しておらず、全体的になんでもあり。こんなシュールギャグが、メジャー誌で連載されているなんて……。“食”という題材が非常にキャッチーだからこそ許される所業です。
グルメ漫画が世の漫画リテラシーを高める!?
そう、食です。筆者は面倒くさい漫画好きとして、グルメ漫画ブームを少々せせら笑っている部分がありました。『孤独のグルメ』は大好きですし、グルメ漫画も好きなほうだとは思いますが、書店でグルメ漫画フェアが大々的に展開されているのを見て、「猫も杓子もグルメ漫画を描きよって……」という気持ちになったことがあるのも事実。
しかし、『めしにしましょう』の暴れぶりを見て思ったのです。グルメ漫画ってもしかして、漫画界の日活ロマンポルノなんじゃないかと。日活ロマンポルノでは「10分に1回絡みのシーンを作る」などの規定さえ守れば比較的自由に作品が作れたため、クリエイターがのびのび映画作りを模索できる場として、多くの有名監督を輩出しました。
超キャッチーなジャンルだからこそ、攻めた表現を受け入れる度量がある。これは、ポルノにもグルメにも言えることではないでしょうか。よしながふみの『きのう何食べた?』が、主人公がゲイカップルという人を選ぶ設定であるにもかかわらず、男女問わず支持されているのは、それだけ“食”が絡むと人が作品を手に取るハードルは下がるというひとつの証拠でしょう。
もしやグルメ漫画によって、多様な表現が広がっているのでは? グルメ漫画の力で、世の漫画リテラシーが高まっている! ……過言? いや、当たっているんじゃないかなぁ。