いとわズ編集部、HADOに目覚める!

ももクロは卒業という言葉との付き合い方が本当に下手糞だ

僕が代表をやっているHEWという編集プロダクションは、「ものがたりカンパニー」と名乗っている。これは、「世の中に物語を届けたい」という企業理念があるからで、僕らは編集者・ライターの集まりではあるけれど、書いて伝えたいのは単なる情報ではなく、その裏にある、あるいはその先にある物語まで届けたいといつも思っている。人が惹かれるのは情報そのものではなく物語だと思っている。

そのきっかけとなったのが、ももいろクローバーZだった。当時ももクロはちょうど「Z」がついた頃で、まさに大ブレイクへの階段を登り始めていた。その後到達する地点の高さなんて想像すらできなかったけど、アイドル戦国時代の中で他とは一線を画す存在として確実に多くの人の心を掴んでいた。

 

その中で際立っていたのが物語性だった。それまでアイドルに惹かれたこともなく、むしろ偏見すら持っていた僕が彼女たちに興味を持ち始めたのは、楽曲やパフォーマンスが刺さったのはもちろんだが、彼女たちが紡ぐ物語の存在が非常に大きかった。

観客もいない路上ライブから初のホールコンサートを実現するまでの物語。早見あかりの脱退という大事件と、メンバーの自立の物語。百田夏菜子の覚悟と覚醒の物語。与えられる様々な壁、アウェーの現場、逆風を乗り越え強くなっていく物語。

結成当時からの夢だった紅白出場への物語は、結実した際に早見あかりの名前が再び登場人物として挙がるという誰もが驚くクライマックスを迎え、すべてのモノノフは「間に合って良かった」と目撃できた幸福に涙したものだ。あるはずだった“続き”はなくなってしまったけど。

実はガチだったヒャダインとの仲違いも、最終的にはプロレス的な手法とヒャダインの楽曲制作力、なにより彼女たちのキャラクターによって仲直りの物語になった。終わり良ければすべて良しって奴だ。

僕らは彼女たちのすべてを見逃したくない、同じ時を生きたいと思った。この先も彼女たちの物語を見守りたいと思った。彼女たちが成長する様だけでなく、停滞し道に迷う様だって構わない。なんなら共に年を取り老いていく姿でもいい。ずっと見続けようと誓った。

元気をくれる存在ではあるけれど、偶像なんかじゃない。よくモノノフがももクロを応援する目線は他のアイドルファンの感覚とは違うと言われるが、例えば彼女たちの恋愛や結婚の報告にショックを受けるモノノフなんていないんじゃなかろうか。むしろ、夏菜子が結婚なんて報告してくれようものなら僕は「本当によかった」と心底胸をなで下ろす。ももクロは、彼女たちが作るものでもファンが作るものでもなく、彼女たちそのもので良かった。

 

だから、今回の杏果の決断自体は、とてもとても残念だけど、尊重しなきゃいけないのはわかってる。「成人したプロとして今『普通の女の子に戻りたい』ってどうなの?」とか、「ももクロやモノノフと別れて得たいものが『家事』や『アロマ検定』ってなんなの?」とか、言いたいことはいっぱいあるけれど、それも含めて杏果なんだってこともわかってる。杏果を責める気持ちは1ミリもない。とても書ききれないほどいろんな思いはあるけれど、もう受け入れてる。5人ではなくなるという喪失感の大きさを杏果に背負わせるわけにはいかないから。それは4人と僕らで乗り越えていくべきもので、それこそがこれからの物語になるはずだった。

 

でもね。このやり方は、物語にはできないよ。ももクロを歌の面でメジャーに押し上げ、ライブでは誰もよりもファン一人ひとりのことを考え、奇跡の5人の一人として絶対に欠くことのできない存在だったはずの杏果が、ちゃんとしたお別れの場も、時間も、用意されずに去っていく。まるでファンにとっても、ももクロにとっても、突然の“事故”として処理しなければいけない出来事のように。

4人となるももクロは、今は期待より虚脱感や不安のほうが大きいけれど、これから新しい物語を見せてくれるはずだ。そこには笑顔しかないこともわかってる。ただ、そのスタートになるはずの物語がない。5人のももクロのラストと、4人のももクロが、繋がらない。杏果の卒業は事故でもなんでもなく自らの意思によるもので、苦悩や混乱、逡巡、葛藤を伴っているはずなのに。

クライアントとのからみ的な大人の事情や、契約期間のことなど、いろいろあるのはわかる。ギリギリまで可能性を模索した結果だという言い訳もできる。でも、大切にしてきた大きなライブや、ツアーを、お別れの場にできなかった理由にはならない。発表から1週間でいなくなる理由にはならない。ありあわせの場所で取ってつけたようなライブを急遽やらざるを得ない理由にはならない。なにより、発表の日のテレビ生放送で見せた5人の表情の理由にはならないよ。あんな表情の5人は見たくなかった。

 

彼女たちが感情を殺さなければならない、物語にならないやりかたは、紅白卒業宣言という愚策に次いで2度目だ。紅白卒業も、いまだになんの物語にも昇華できていない。杏果卒業も、澱のままいつまでも残ってしまうんだろうか。あかりんは卒業ではなく脱退だった。ももクロは、卒業という言葉との付き合い方が本当に下手糞だ。

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