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【書評】すべてのサッカーファンと、サッカーファンではない人のための小説――津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』

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津村記久子の『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日新聞出版)の素晴らしさについては、僕なんかが力説するまでもなくすでに方々で話題になっているし、読めばわかるからとにかく読んでほしい、くらいしか言えることはないのだけれど、それでも本当にため息が出るほど素晴らしいので、やはりオススメしないわけにはいかないとも思う。

そう、とにかく読めばわかる。なんなら今すぐブラウザを閉じて書店に直行して『ディス・イズ・ザ・デイ』を購入し、最寄りのスターバックスやコメダやタリーズやドトールやサンマルクやベローチェやシャノアールのコーヒー1杯で2時間ほど粘って、ひとまず読めるところまで読んでみてほしい。

そこからさらにガストでもデニーズでもジョナサンでもサイゼリヤでもロイヤルホストでも、適当なファミレスでフライドポテトかなにかをつまみながらエピローグまで一気に読み終え、読後の余韻に浸りつつ内巻敦子のイラストをあらためて見返すなり各チームの勝ち点を計算するなりして1日の半分を費やしても、絶対に後悔はしない作品だと断言できる。これは決してオーバーな表現ではないよ、兄弟。

すべてのサッカーファンに

『ディス・イズ・ザ・デイ』には、架空のクラブチームを応援するサポーターたちの物語が記されている。舞台はJ2をモデルとしたプロサッカーの2部リーグ(全22チーム)。この“実際には存在しない22のクラブチーム”のホームタウンのチョイス、そしてエンブレムやマスコットのデザインがまず秀逸だ。

たとえば福井県の鯖江市がホームタウンの「鯖江アザレアSC」の場合、特産品の眼鏡をかけたレッサーパンダの「つつちゃん」がマスコットとして登場し、重要な役どころを担う。鯖江に限らず、なぜ現実の遠野や川越や呉にはプロのクラブチームがないのだろう、と読み手に思わせるほどのマジックリアリズム的な立体感――ひとつひとつの設定の緻密さと、地域ごとの特色や方言によるオフビート感――が、この作品ならではのユニークなバイブスを生み出している。

タイトルの『ディス・イズ・ザ・デイ』というのは2部リーグの第42節、つまり最終節が行われる1日のことを指す。ただでさえ感慨深いシーズンのラストゲーム。熾烈な昇降格争いの只中にある各クラブとサポーターにとっては、なおさら特別な日であることは説明するまでもないだろう。

現実のJリーグでも、J1・J2の昇降格争いが佳境を迎えている。特に今年のJ1は最下位のV・ファーレン長崎から9位の清水エスパルスまで、勝ち点10の間に10チームがひしめく大混戦となっており、各クラブのサポーターは最終節まで悶々とした日々を過ごすに違いない。

『ディス・イズ・ザ・デイ』は、愛するクラブチームの試合結果に一喜一憂する人々の急所に突き刺さる小説だ。もちろん、昇降格とはあまり関係のないクラブのサポーターや、特定の贔屓クラブを持たないサッカー好きにとっても、身につまされる挿話が数多く含まれている。

横浜フリューゲルスの消滅のような“大ネタ”はもちろんのこと、2014年のプレーオフ準決勝で山岸範宏が決めたヘディングなどの“小ネタ”も見事にサンプリング。チャントやスタジアムグルメについての描写も正確で、ひとつひとつのディティールに思わずニヤリとしてしまう読者も少なくないはずだ。

すべてのサッカーファンではない人に

シーズンの最終試合をスタジアムで観戦する人々がそこに至るまでの経緯と心情を、手練れの津村記久子は大仰すぎず淡白すぎない端正な文体で記述していく。ほとんどの登場人物には当たり前に悩みや葛藤があるのだけれど、現実と同様に、応援するクラブチームの勝ち負けによってそのすべてが一挙に解決するわけではない。

「ネットで見たけど、人を幸せにするのが趣味?」「どうかな。幸せにするまでの力はないけどね」「そやね。私も頭噛んでもらったけど、幸せってまでにはなってへんわ」

ひとつのシークエンスが終わり、新しいなにかがはじまる瞬間。作中の表現を借りるなら、「いろいろとけっこうましになる」瞬間。作者はその瞬間の感情の機微をサッカーという舞台装置を使って丁寧にすくい上げ、嫌味のない清涼なドラマとして成立させている。

先に書いたことと少し矛盾してしまうけれど、この小説を楽しめるかどうかと、読み手がサッカーファンであるかどうかはたぶん、ほとんど関係がない。要するに、目の前のフィクションを信じることができればいい――サッカーはその手助けをしてくれる――のだ。そして『ディス・イズ・ザ・デイ』は間違いなく信用に値するフィクションである、とあらためて強調しておきたい。

第8話の「また夜が明けるまで」はとても美しいロードムービーだし、第10話の「唱和する芝生」は甘酸っぱい青春小説でとにかく最高だ。第7話の「権現様の弟、旅に出る」のデタラメなファンシーさ(41節まで全試合引き分けというのは、いささか怪奇すぎる気もする)も素晴らしいし、すべてがあるべきところに収斂しゅうれんするエピローグの「昇格プレーオフ」はべらぼうに胸に染みる。そこにはサッカーの知識の有無をはるかに超越した、読み物としての愉しみがある。

だからすべてのサッカーファンもサッカーファンではない人も、今すぐ本屋にダッシュして『ディス・イズ・ザ・デイ』を読むべきなのだ。そして読了後はサイゼリヤの間違い探しにでも熱中すればいいのだ。もしそういう時間を過ごすために人生が存在するんだとしたら、少しは長生きしてもいいと思えないか? 兄弟。

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