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いつか冬目景が『空電ノイズの姫君』の続きを描く日まで

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空電ノイズの姫君(バーズコミックス)が行方不明だ。2018年8月号をもって『月刊バーズ』が休刊した結果、ほとんどの連載作品はWebコミックサイトデンシバーズに移籍した。しかしよりにもよって、僕が愛読していた冬目景の『空電ノイズの姫君』の連載が途絶えてしまった。現在のところ最終話になっている21話のラストには「第一部 完」という不穏すぎる文字が……。そもそも第一部とか第二部とか、そういう感じの作品でしたっけ?

『イエスタデイをうたって』と青春の漫画喫茶

15歳から18歳くらいまでの、根拠のない優越感とどうしようもない劣等感にまみれてクネクネしていたある時期(誰しもそういう時期がある)、僕は漫画喫茶で冬目景の『羊のうた』と『イエスタデイをうたって』を何度も読んだ。『イエスタデイをうたって』に至っては5巻が3年近く出なかったので、1巻から4巻までを100回くらい読んだ。もちろん単行本はすべて持っていたけど、僕は家で漫画を読むよりも、国立駅南口から徒歩1分の雑居ビルの5階にあった「漫画バカ一代」という漫画喫茶で読むのが好きだった。

僕は今でも漫画喫茶が好きだ。背の高い本棚と本棚の間を歩くのが好きだし、板垣恵介版『餓狼伝』の巽VSサクラを読んで泣くのが好きだし、『惑星のさみだれ』の6巻から最終巻までを読み返すのが好きだし、『アフタヌーン』の最新号を読んで「『ブルーピリオド』アニメ化しそうだな」とか考えるのが好きだし、普段はあまり読まないジャンルの作品――たとえば『デイジー・ラック』とか『娚の一生』とか『繕い裁つ人』とか――を読むのが好きだ。大っぴらに言うようなことでもないけど、好きなものは好きなのだから仕方がない。

冬目景の話に戻ろう。八重樫葉や野中晴や柚原チカに心臓を貫かれた僕は、彼女の新作を欠かさずチェックするようになった。いい漫画もあればそうでもない漫画もあった。『ももんち』は素晴らしいし『ACONY』も『マホロミ 時空建築幻視譚』も決して悪くなかったが、『ハツカネズミの時間』と『幻影博覧会』はさすがにどうかと思った。17年続いた『イエスタデイをうたって』は2015年に最終回を迎えた。青春が終わった。というよりも、とっくに終わっていた青春が『イエスタデイをうたって』の完結という形で現前化した。

姫君との再会を待つ人々

『イエスタデイをうたって』が完結した1年後、『月刊バーズ』で『空電ノイズの姫君』の連載が始まった。第1話を読み終えたとき、これは冬目景の新しい代表作になる、と直感した。主人公の2人の女子高生、磨音と夜祈子がアホほどかわいかったからだ。彼女たちが仲良くなっていく姿を見るだけで幸福だった。初めて冬目景の漫画を読んでからおよそ15年、僕の知性と感性はかなり摩耗していた。たとえば、磨音と夜祈子のこんなやりとりに感動してしまうくらいに。

「支倉さんの声好きだな ちょっとアデルに似てるよね」
「ウソっマジ? うれしい これからマオって呼んでいい?」

『空電ノイズの姫君』は音楽を題材にした青春漫画だ。あるいは、青春を題材にした音楽漫画だ、と表現することもできるかもしれない。真っ当で衒いのない、かわいらしくて清潔な、でもどこか思わせぶりで翳のある、連載を重ねるにつれて味が深くなるタイプの作品だった。だから『月刊バーズ』が休刊するというニュースが流れたときも、当然、違う媒体で続いていくものだと思っていた。冬目景は固定ファンの多い漫画家だし、『空電ノイズの姫君』は近年のどの作品よりも筆がノッている。雑誌がなくなるからといって、連載を止める理由はない。

話はこのヴァースの頭に戻る。6月末に出た『月刊バーズ』の最終号以降、『空電ノイズの姫君』の続編はどこにも発表されていない。続報もない。もしかしたら水面下でなにか動きがあるのかもしれないが、読者からすればまったくの行方不明だ。このまま連載が終わってしまうのはあまりにも中途半端で、悲しくて、もったいない。

とはいえ、冬目景のファンは待つことには慣れている。そして希釈された待ち時間がそこまで悪いものではないことも、おそらく経験的に知っている。僕たちは『イエスタデイをうたって』が停滞していたあのころのように、既刊の『空電ノイズの姫君』を読み返しながら連載再開をぼんやりと待ち続けるだろう。

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