HADO 2018 CLIMAX SEASON閉幕

【ロシアW杯全部見る】ホーカス・ポーカスなムバッペの俊足

「Hocus Pocus」……呪文、まじない、手品、奇術、ごまかし、でたらめ、いんちき

想像してみてほしい。あなたはさまざまな音楽がランダム再生される環境で仕事をしている。音源はラジオでも有線放送でも、SpotifyでもApple Musicでもなんでもいい。ほとんどはあまり興味がないジャンルの、耳馴染みのない曲ばかりだが、ごくまれにあなたの好きな曲が流れる。労働でささくれた精神を慰撫してくれる偶然の音楽。2018年6月21日の僕にとって、その曲はHOCUS POCUSの「Smile」だった。

HOCUS POCUS→フランス→ムバッペ→ホーカス・ポーカス

僕はフランスのヒップホップ事情に明るくないが、2018年の段階でHOCUS POCUSがそんなにアクチュアルな存在ではないことはなんとなく理解できる。ただ、TSUTAYAにもCDが置いてあるくらいだから、日本でも人気があったグループなのは間違いない。いや、むしろいかにも日本人が好みそうなジャジー感というか、生バンドが奏でるメロウでグルーヴィーなトラックが売りだったはずだ。特に「Smile」が収録された『Place 54』は文句なしの名盤で、僕もこのアルバムから彼らのことを知り、そして忘れていった。

なんの話だったっけ? そうそう、W杯の話だ。ちょうどフレンチ・ヒップホップでもあることだし、HOCUS POCUSという言葉からの連想で、無理矢理フランス代表の話をしようと目論んでいたのだ。

そもそも「ホーカス・ポーカス」なんてベタでありふれた言葉なのかもしれない。ディズニーの映画にもそんな名前の作品があるし、みんな大好きカート・ヴォネガットおじさんの小説のタイトルにもなっている。それでも重要なのは、僕が会社で偶然HOCUS POCUSの「Smile」を聞いたのが2018年6月21日で、その日の晩にフランス代表の19歳、キリアン・ムバッペが手品のようにデタラメな快速を披露したことだ。

閾値を超えた俊足は、どこかインチキじみている

キリアン・ムバッペは足が速い。きっと子どものころから速かったんだろう。言うまでもなく、足が速い男の子はモテる。ちなみに僕は冴えない29歳で、子どものころから足はずっと遅いままだ。今では50mを走り切れるかどうかさえ怪しい。そういうものだ。カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』によく出てくるフレーズだが、たしかに世の中は「そういうものだ」としか表現できないことで成り立っている。

僕はムバッペが好きだ。彼がフットボールの天才だから? もちろんその通りだが、とりわけ彼の冗談のような俊足を見るのが好きなのだ。どんなスポーツでも飛び抜けて足が速い選手に抱くときめきは、他の興奮とは明らかに種類が違っている。誤解を恐れずに言うなら、圧倒的なスピードでディフェンスをぶち抜くようなプレーは、爽快感の中にもどこかインチキくささが伴う。バカげた仮説だと思われるかもしれないが、その最たる例が全盛期のイチローであり、ファミスタの「ピノ」ではないだろうか?

スポーツにおいて、とんでもなく足が速いということは本質的にホーカス・ポーカスな感慨を呼ぶものなのだ。6月21日のフランス対ペルー、前半40分のプレーを思い出してみてほしい。ポグバからのスルーパスをめぐってペルーのロドリゲスと競争になったムバッペは、2~3m後方からのスプリントだったにも関わらず一瞬で相手を追い抜き、中央のグリーズマンにパスを通してみせた。

ポグバが自陣のペナルティエリア内から持ち上がってムバッペを走らせ、ムバッペからグリーズマンとつなぎ、ジルーへのラストパスを飛び出したガジェセが間一髪でキャッチするまで、およそ12秒。この超高速ロングカウンターの主犯は言うまでもなくムバッペだ。見ているこちらが笑うしかないほどの加速ぶりには、やはり奇術的な成分が多分に含まれていたように思う。

「ムバッペ」か「エムバペ」か、あなたはどっち派?

さて、HOCUS POCUSの「Smile」を偶然聞いたその日の夜に、ホーカス・ポーカスなムバッペの俊足で笑顔になった、という極めてこじつけ感の強い話が一段落したところで、「ムバッペ・エムバペ問題」について少しだけ。

NHKやサッカー専門誌ではフランス語の発音に近い「エムバペ」で統一されつつあるが、しかしモナコ時代に日本でエムバペなんて呼ぶ人はいなかったじゃないか、という気持ちもあり、僕はいまだに「ムバッペ」を使っている。今後、彼がよりメジャーな存在になるにつれて「エムバペ化」はさらに進んでいくと予想されるが、僕はぎりぎりのところまでムバッペと呼び続けていきたい。ロナウドをホナウドと呼び続けた倉敷保雄アナウンサーのように。あるいは、マイルス・デイヴィスを頑なにマイルズ・デイヴィスと表記し続ける村上春樹のように。

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