23日深夜のフジテレビ系「Love music」は電気グルーヴ特集を放送。Perfume、小室哲哉、伊集院光、スチャダラパーが、電グルの魅力について語りました。
ずーっとふざけ続けているおじさんたち
高校1年生の時に行った国内最大級のテクノイベント「WIRE」で電グルの“洗礼”を受けたPerfume。あ〜ちゃんはステージ上でセグウェイを乗り回しているピエール瀧を見て「なんでこのおじさん、ずっとふざけてるんだろう」と不思議に思ったそうですが、うら若き女子高生には至極当然の感想でしょうね。メジャーデビュー以前から、いやおそらく少年時代からずーっとふざけ続けてるおじさんたちです。
小室哲哉との出会いはまだメジャーデビュー前。1991年2月に発売されたTMNのシングル「RHYTHM RED BEAT BLACK」のカップリングに収録されたリミックスバージョンが電グルの実質的なメジャーデビュー作となるわけですが、小室さんは当時の電グルについて「すごい生意気で(笑)。むちゃくちゃビックリするぐらい平然としてたんで、それが逆に驚いて、大きくなるなというかすごいことになるんだろうなと思っていました」とすでに後の成功を予感していたそう。
「“笑い”というイメージを持っている人もいるかもしれないけど、音楽的には全然、どっちかというと洋楽だったりホンモノ。僕達のほうがどうにかしたいなという感じでできなかった」と、当時は“イロモノ”とも見られがちだった電グルの音楽を高く評価していたと語っていました。
さらに「一般的には『Shangri-La』(97年発売)とかでポップになったと思いましたけど、でもなんか、それもシャレでやってるのかなと思いました。『こういうのもできますよ』って。
すべてにおいてシニカルという言葉が合ってるかと思いますけど、それが余裕でカッコイイんですよね」と絶賛していた小室さんでしたが、そこは石野卓球「シャレでやれるほど余裕はなかったですよね」と苦笑い。小室さん、惜しい!
伊集院光もその魅力に嫉妬
また、音楽のみならず、その“話芸”に魅了されたのが伊集院光。両者は90年頃からの付き合いですが、同い年ということもあり嫉妬すらも感じていたのだそう。
その道のスペシャリストである伊集院をして「自分の中には尊敬と、たぶん劣等感みたいなものがいつもあると思う。『誰に一番、トークの影響を受けていますか?』って言われたら、一番は僕の師匠である三遊亭円楽なんですけど、それに割と匹敵するくらい、トークにおいて、キャリアは僕のほうが上なのに電気グルーヴの影響を受けてますね。初めて言いますけど、割と憧れの存在ですね」と言わしめてしまうほど。
盟友スチャダラパーが負けたと思った場面
そしてインディーズ時代からの盟友であるスチャダラパー。彼らもまた“日本語”を巧みに操ることで独自の世界観を作り上げる唯一無二の存在ですが、BOSEは「最初のピークの頃っていうか、『Shangri-La』に至るらへん、歌詞がやっぱ面白いなと思ってて。『誰だ!』(96年発売)とか。『誰だ! ゴクミに似てるのは』っていう(歌詞)が出てくるのね。そこでもう『負けた!』って思った(笑)」
「『緑のジャージの聖人君主』とか、絶対スチャダラでは出ないっていうボーダーを超えた言葉が超出てくる。『床から腐乱死体』とか、すぐ出るんだよそういうのが」と、その独特の歌詞世界に脱帽。「言葉遣いとか、やっぱ卓球のセンスとか面白いから。『電気だったらこういうのやるよね』みたいなところには行かないようにするからこそ、僕らの位置が決まるみたいなところはあるんですよね」と最大級の賛辞を述べていました。
そんな4組による“ライナーノーツ”に、2人がいつになく真面目にコメントしていたのが印象的。
ちなみに歌詞作りについては「鼻歌って感じなんですよね。センテンスの意味とかっていうのはウチらはあんまり、辻褄合ってなくても良いっていうか」と卓球。
「不謹慎っていうか、笑うっていうか、それは別にふざけてるわけじゃなくて、悲しいことだったり悲惨なことなんだけど見方を変えると笑えるものになる。不気味だったりとか。そういうのが好きなんだよね。演技しなきゃいけない曲っていうか、『この曲は悲しい別れを歌った曲だから』って、悲しい表情で(歌う)悲しい曲を僕は聞きたくない。歌うたびにそれ(演技)をしなきゃいけないって、それはお芝居に近いっていうか。あと、怒りの表現をするとお客さんも怒りのパワーが上がるから、ウチらはべつに人の怒りを増幅させたいわけじゃない。むしろその逆っていうか」――。