まさか物販で売られたお米とお餅が伏線だったとは……。東京女子プロレスで長年推してきた天満のどかさんが、来年3月26日に開催される東京・大手町三井ホール大会をもって団体を卒業、引退することを発表した。引退後は地元・岡山に戻り、農業をするという。
しゃべりの上手い女性が好き、これは癖(へき)
しゃべりの上手い女性が好きだ。うっすら醜形恐怖症の気がある人間の歪んだ価値観であることは重々承知しているのだが、美しい人は自ら面白い話をしようとしなくても生きていけるのに、と感じてしまう。なぜなら顔が整っている時点で100点満点だから。
客観性とは、「ありのままの自分では愛されない」という悲しみから生まれる視点ではないか。そのような考えを持っているからこそ、女性アイドルがクソみたいなクレヨンしんちゃんのモノマネをするのを見かけるたびに情緒がめちゃくちゃになってしまう。それを良しとする感性が育まれた土壌に思いを馳せ、勝手に想像した眩しさに身を焼かれるのだ。
もちろん1から10まで完全な僻み根性、独り相撲である。しかし、しゃべりの達者な女性に出会ったとき、その人の根底にある孤独にふと触れたような気持ちになり、なんとなく好ましく感じてしまうのは、私という個人のエゴイスティックな癖(へき)として、ひとつ許していただきたいものです。すまん。
前置きが長くなってしまったが、天満さんに最初に惹かれたのも、しゃべりの上手さが理由だった。自分が東京女子プロレスを観戦し始めた2017年当時、天満さんは「のどかおねえさん」というリングネームでうたのおねえさんキャラをしていた。入場後にピンポンパン体操を踊るときの軽妙な客イジリは、初観戦から強く印象に残るものだった。
物販でチェキを撮ったり、握手をするようになると、天満さんが結構なオタクであることがわかった。彼女は年齢非公表ではあるが、『蒼穹のファフナー』や『シャーマンキング』といった作品が好きなことから自分と同世代のような気がしている。天満さんと共通の話題にするために『あんさんぶるスターズ!』も履修しました。私は敬虔なオタク……。
普段しゃべりが上手い女性の、珍しくたどたどしいマイク
三十路(推測)くらいのオタク女性が面倒くさくないわけがない。後楽園ホール大会でのタッグベルト挑戦を控えた、2019年12月7日の東京・ベルエポック美容専門学校第2校舎ホール大会。〆のマイクでの天満さんの語り口は明らかに混乱していた。
「もう正直タイトルマッチとか嫌なの! 緊張するじゃん!」とぶっちゃけた後、「でも私たちは……、私たちだけじゃないよ。プロレスラーだけじゃなくて、なんかこう譲れないものというか……。自分が絶対これは譲りたくないっていう気持ちになったとき、人はなんかこう……挑むんだと思うんだよね」と絞り出すように心情を吐露していた。
本人も収拾がつかなくなったのか、タッグパートナーでもある実妹・愛野ユキに「なんか上手いこと言って」とマイクをパスしていたが、珍しくたどたどしい語り口がむしろ本心からの叫びであるように思えた。
天満さんにとって、譲れないものとは何だったのだろうか? のどかおねえさんから「天満のどか」になった直後の2018年8月28日、天満さんは長文のブログを更新している。そこでは、子どもの頃からの自身の歩みがつづられていた。
あたしゃね、根が暗いんですよ根が
天満のどか OFFICIAL BLOG「Existence」より
ほんとに根っこの方が
なんならユキの方がよっぽど明るいし前向きだし家で超うるさい
そんな私も子供の頃は歌とお芝居が好きで
恐れを知らないお調子者キッズだった
ミュージカルしたり、思い出作りにバンドしたり
でも大人になるにつれ自分の天井が見えてきて
天井がこわいからその前に決めちゃうんだよ、限界
天満さんは俳優、声優と夢を諦めてきた。マイクパフォーマンスでの声の通り方、オリジナル入場曲での歌唱力の高さ、どれも明らかに「ちょっと上手い素人」のレベルとは一線を画している。過去の彼女が、どれだけ本気で夢に取り組んでいたのか。それが伝わるからこそ、天満さんの歌の上手さも何もかも、どこか悲しみを感じさせた。
東京女子は「人生のいち停留所」
天満さんは引退後に農業を始めるわけだが、ご家族が農作物を作っているのはあくまで趣味の範疇であるため、ほぼイチからノウハウを学んで起業するのに近い形になるようだ。かなり大胆な選択ではあるが、「絶対これは譲りたくないっていう気持ち」になったからこそ、新たな挑戦を選んだのだろう。
同じことは、来年4月17日で卒業する小橋マリカにも言える。もともと女子中学生レスラーとしてデビューした彼女もいまや大学生。すっかりゴリゴリのギャルになり、『egg』の読者モデルとしても活動するなど、やりたいことへのエネルギーに満ちあふれている様子がまぶしい。「まだ引退という言葉を使う勇気はないけれど、プロレスのほかにも挑戦したいことがたくさんあるので、一区切りとして卒業する」という卒業理由もなんだか頼もしく感じられる。頑張れ、若者!
プロレスを引退するとしても、リングで得た経験が彼女たちがこれから迎える新章の糧になってほしい。つまるところ自分は、東京女子が持つ「人生のいち停留所」とでも言うべき側面が好きなのだと思う。そのバスはどんな乗客も受け入れる。そのままバスに乗ってプロレスという道をどこまでも追求してもいいし、切のいいタイミングで降りてもいい。何にせよ、彼女たちの人生が続く限り、それが良き旅路でありますように。
追伸→2022年3.19両国大会では、現在フリーで活躍する優宇をゲストに迎え、天満さんとマリカの同期3人で、“未来少女”世代の同窓会マッチをぜひ組んでいただきたい……! そして天満さんのラストマッチは、実妹・愛野ユキとのシングルでここはひとつ……なにとぞ……!