働き方や働く場所に対する考え方が世の中で大きく変化している昨今。クリエイティブ業界においても、大都市ではなく地方を視野に入れてライフプランを考えている人は多いのではないでしょうか。とはいえ「安定した仕事はあるのか」「大都市と地方の仕事に違いはあるのか」「地方のクライアントはどんな人材を求めているのか」など気になることは多いはず。この連載では、そんな気になるアレコレを筆者が地域密着のクリエイティブに関わる方々にインタビューし、業界のリアルに迫る企画です。第1回では、岩手県を中心に地方のグラフィックデザインに携わる白澤奈生子さんを紹介します。
「生産者の顔が見える野菜」をデザインでもやりたい
――白澤さんは武蔵野美術大学を卒業後、新卒で就職。デザイナーとして東京にある2社の企業で経験を積んだ後、今年9月に独立しました。実際のところ、フリーランスの生活はいかがですか?
白澤:現在は神奈川県で暮らしながら主に地方企業のポスターやパッケージなどのデザインをしています。フリーランスになって約2カ月が経ちましたが、なんとかやっていけそうなくらいの見通しは立ってきました。
――白澤さんは「東京で修行したい」という思いから、美大卒業後は地元の企業に就職する選択はなかったそう。東京で経験を積む中で岩手県に住む友人から声をかけられたことをきっかけに、かれこれ一関市関連のデザイン業を3、4年続けています。
白澤:フリーランスだと、営業からディレクション、制作まで全て自分でやらなければいけません。かなり大変ですが、やりがいはありますね。特に、クライアントとの関係性づくりは大変ですが、そこに面白さを感じています。地方の仕事をする際、クオリティの高いデザインを制作するのはもちろんですが、クリエイター自身を知ってもらうことも重要だなと思うんです。
そういう思いから、コロナ禍ではありますが感染対策をした上で先日も岩手県にある温泉地のMAP制作の案件で現地のクライアントと打ち合わせをしたり、実際に温泉地をまわってきました。正直、オンライン会議やメールで制作物をチェックできる時代ですが、画面越しだけだとクライアントと自分のイメージがきちんと共有できていなかったり、ちょっとしたことで気持ちがすれ違ったりすることもあります。特にコロナ禍から取引を始めた地方のクライアントは、それが顕著になってしまうのではないかと思うんです。
――便利な時代にはなりましたが、すぐに会える距離でないことを考えると、地方のクライアントとの仕事はオンライン上だけだとなにかと不安ですね。
白澤:大都市に比べて地方は人口が少なくてコミュニティが狭いぶん、人と人との距離感が良くも悪くもとても近い気がします。だから私は地方の仕事をする上ではクライアントに自分をいかに「身内」と感じてもらうかを大事にしています。よくスーパーで「生産者の顔」みたいな、農家の方の写真が掲示されている野菜があるじゃないですか。あんなふうに、私もクライアントに安心感や身近な印象を届けられるようなデザインがしたいんです。「関東にいる白澤っていう人が作ったんだって」みたいな他人行儀なものではなく、身近な存在に感じてほしいなと。距離が離れているからこそ、そういう温度感が大事だと思っているので、制作の際はなるべく現地を訪れるようにしています。
社会人講座の課題が、まさか地域を変えるなんて
――これまで関わってきた中で、特に感慨深い案件を上げるとしたら?
白澤:私の出身地である岩手県一関市の「摺沢(すりさわ)水晶あんどん祭り」ですね。ここ2年間はコロナ禍でオンライン開催ですが、本来はお盆の3日間、街に絵付きのあんどんが飾られる祭りです。私は3年前から若手メンバーで構成されている公式応援団の「あんどんサポーター」に所属しています。子どもの頃から毎年楽しみにしている大好きな祭りなのですが、年々あんどんの応募数や来場客も少なくなっているように感じ、祭り自体に元気がなくなってきているように思っていました。そんなとき、通っていた宣伝会議主催のアートディレクション養成講座で「地域の抱える悩みをアートディレクションの力で解決する」という課題が出たんです。地元の祭りに向き合ってみようと思った全ての始まりは、ここからでした。
――実行委員会から依頼された案件ではなく、最初はアートディレクション養成講座の課題として取り組んだんですね。
白澤:提案のひとつとして、あんどんの絵を増やす仕掛けを考えました。あんどんの絵は市民に募集するのですが、実は応募用紙自体が大きく、提出のタイミングも限られているなど応募のハードルが高いかもしれないと気づいて……。あんどんの絵を描くこと自体のハードルを下げるために、手ぶらで参加できるワークショップも企画しました。ほかにも、祭り客が集えて休憩所にもなる「あんどんバル広場」を考えたり、告知ポスターやパンフレット、参加者がもらって嬉しいような賞状、手ぬぐいやTシャツなどグッズのデザインにも力を入れ、多くの人が祭りを楽しめるように工夫しました。あとは、あんどん絵の応募作品が掲載される新聞広告も考案しました。メディアに自分や自分の子ども、孫の作品が載るのって、うれしいかなと思って。「新聞に掲載されたいから来年もまた応募しよう」っていうモチベーションにつながるんじゃないかなという狙いで考えたんです。
白澤:これらをアートディレクション養成講座で発表したところ、銀賞を受賞して雑誌にも掲載されました。そして、その結果を地元の友人に伝えたら「実際に実行委員会に提案しよう」という話になり、考案した企画を仲間たちと一緒に実現させることができたんです。オンライン開催の祭りのウェブサイトも「2020岩手ADC賞WEB部門」を受賞でき、嬉しい気持ちでいっぱいでした。地元の方々にも協力してもらい、少しずつ祭りに活気が戻ってきたように思います。講座で取り組んだ課題が、祭りに変化を与えるきっかけになれたことに驚いていますね。
デザイナーは医者みたい
――地方と東京で、デザインの仕事に違いはあるのでしょうか?
白澤:クライアントによって差はありますが、冒頭で言ったコミュニケーションや関係性づくりには違いを感じます。あとはこれも企業によりますが、都市圏の企業だと人が多いぶん、デザイナーや営業、販促などがきちんと分業化されているイメージが強いです。一方で、地方の小さな企業だとそこまで分業化がされていないことも多いので、地方でこれからの時代を生き抜くためには今まで以上にいろいろなスキルが求められると考えています。例えば商品のパッケージデザインにしても、どこに課題があってどうすれば売上が伸びるか、どういう場所でどう販売されればいいか、最終的にどう商品が届けば顧客は満足するかなど……。あらゆることをクライアントと一緒に考えられるデザイナーが重宝されるのではと思います。
白澤:例えるなら、デザイナーは医者みたいだなと私は思います。医者が患者の病状や希望にあわせて治療するように、デザイナーもクライアントが抱える問題や要望にあわせて薬の代わりにデザインを処方する、みたいな。医者は外科や内科、デザイナーもグラフィックやファッション、インテリアなどそれぞれ専門分野がありますが、対象の問題を解決する点においては共通すると思うんです。ただ、マルチタスクは一朝一夕で身につくものではないので、私はデザイナーとして活動して8年目になりますが、日々勉強だなと感じています。
――最後に、白澤さんが考える今後のビジョンを知りたいです。現在は神奈川県に住みながら地方の仕事をしていますが、いずれは地方に拠点を置いて仕事をされるのでしょうか。
白澤:以前は地方に完全移住も視野に入れていましたが、まだ悩んでいるのが正直なところです。一度、地元に戻るのは選択肢としてアリだと思いますが、いったんは2拠点での生活を目指そうと考えています。いろいろな場所で知識や経験を養いたいというのもありますし、自分の中で強みや「柱」になるものをいくつか持ちたいです。さまざまな視点を持つためにも、拠点を1箇所ではなく複数持つことで、それぞれの土地のいいところを学んで吸収したいです。
【Creator’s profile】 白澤奈生子
1991年生まれ、岩手県一関市育ち。秋田公立美術工芸短期大学産業デザイン学科、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。都内デザイン会社にて勤務ののち、一般企業のデザイン部に所属。2021年秋にフリーランスとしての活動を始め、関東に住みながら地元である岩手県のデザイン制作やプロジェクトにも関わる。
■受賞・掲載歴
岩手ADC Competition&Award2020 WEB部門/WEB・インタラクティブ岩手ADC賞 受賞(オンライン摺沢水晶あんどん祭り WEBサイト)
岩手ADC Competition&Award2020 NAD部門/新聞広告・雑誌広告会員選賞 受賞(オンライン摺沢水晶あんどん祭り 新聞広告)
『図形で魅せる広告レイアウトデザイン』(パイ インターナショナル) 掲載
『LOGO & MARK IN JAPAN Vol.4』(アルファ企画) 掲載
『シズルのデザイン:食品パッケージにみるおいしさの言葉とヴィジュアル 』(B・M・FT ことばラボ) 掲載
■関連リンク
白澤奈生子ウェブサイト