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【今月の地方✕クリエイティブ】茅葺き民家ディレクター・瀧田暁月さんが移住先で作り続ける「安心できる居場所」

約8分

 日本の原風景を象徴する「茅葺かやぶき屋根」の民家。東京から電車で約1時間強の場所に位置する茨城県石岡市旧八郷地区には、茅葺き民家が数多く現存します。そんな茅葺き民家の保全と活用活動に携わる瀧田暁月さんは、20代のときに東京から移住してきたそう。近年、移住やワーケーションなど、地方への関心が高まりつつある世の中ですが、瀧田さんが移住で手にしたものとは? 地域密着のクリエイティブに関わる方々へのインタビュー企画「今月の地方✕クリエイティブ」第2回では、茅葺き民家ディレクター・瀧田暁月さんにお話を聞きました。

人生で通算12回の引っ越し。居場所を求めた先が「茅葺き民家」

――瀧田さんが暮らす茨城県石岡市の八郷地域は、県内で最も茅葺き民家が多い地域とのこと。「茅葺き民家ディレクター」とは、普段どんな活動をしているのでしょうか。

瀧田:私は、「茅葺きのおばあちゃん家」と呼ばれる茅葺き民家をシェアスペースとして活かす活動をしています。茅葺き民家だけでなく、周辺環境も含めてこの地域の魅力だと思っているので、それらを生かしたイベントやモノ作りの場の提供にも関わっています。でも、実はもともと茅葺き屋根に興味があったわけではなく、最初は「茅葺き」すら漢字で書けませんでした(笑)。

瀧田さんが暮らす茨城県石岡市の旧八郷地区。筑波山の麓にあるこの地域は、のどかな里山風景が広がっており、「にほんの里100選」にも選ばれている

――東京の美術大学を卒業して都内に就職した瀧田さんは、転職を経て茨城に移住したと聞きました。幼い頃から何度も引っ越しをしたそうですが、それが移住や「茅葺き民家ディレクター」になるきっかけになったのでしょうか。

瀧田:昔からひとつの場所に留まることがなく、実は人生で通算12回は引っ越しました。ずっと賃貸暮らしだったので、きちんと「実家」や「自分の地元」と言える場所がないんです。子どものときから移住前までずっと暮らしが不安定で、「どこかに根付いて暮らしたい」という思いがありました。

八郷地域に移住したのは、学生時代に関わったアートイベント「アートサイト八郷」がきっかけでした。「アートサイト八郷」というのは、美大生が八郷の自然を活かしながらアート作品を展示するイベントです。当時、学生だった私は自分の生い立ちの影響もあって、「居場所作り」をテーマに、デザインを活用しながら、たくさんある一軒家や空き家を再活用したプロジェクトに取り組んでいて、そのひとつが「アートサイト八郷」でした。土地の有効活用は現地の住民から好評で、地域外からの集客もあって手応えを感じましたね。美大卒業後は都内に就職しながらも定期的に八郷地域を訪れ、いつか現地に移り住みたいと思っていました。

――八郷地域の知人から紹介された茨城のプロジェクトに関わると同時に、現地への移住を決めたんですよね。

茅葺き屋根は、ススキなどの植物を総称した「茅」が材料となっている。瀧田さんは、冬になると仲間たちと共に茅を収穫する「茅刈り会」を行う(写真:おばあちゃん家探検隊
八郷地域に散在する茅葺き民家のほとんどは、現在も居住する市民の生活の場となっている

瀧田:「居場所作りを仕事に」と考えていた頃、茅葺き民家の保全プロジェクトに関わることができたんです。大家族が集える広間、家族以外の人もふらっと訪ねられる縁側など、日本家屋の間取りや、人の手が感じられる建物の成り立ち方から、茅葺き民家に可能性を感じました。そして、自然の材料でできた茅葺きの屋根はいずれ自然に朽ちるので、人の手による管理や整備が必要不可欠だということを家主の方との交流で知りました。「拠点となる居場所」のひとつである茅葺き民家は維持しつつ、そこからさらに事業やイベントを生み出して、もっと広がりのある場所にしたいですね。

八郷地域の茅葺き民家「茅葺きのおばあちゃん家」。おばあちゃん(真ん中左)がふらっと訪れる人々を縁側で迎えてくれる。築150年のこの住宅では、イベントが定期的に行われている(写真:里山資本主義フォーラムポスター/撮影:三浦奈央)

シェアスペースにおける「ちょうどいい距離感」とは?

――「居場所作り」をテーマにした八郷地域での活動で、最近手応えを感じた活動はありますか?

瀧田:「茅葺きのおばあちゃん家」にある、かつては馬がいたけど近年は古材などが放置されているだけだった納屋を、イベントスペースとして再活用したことです。新しくできたイベントスペースでは、「焚火と本」という、参加者が焚き火を囲みながら自由に読書やお喋りをするイベントを開催しました。参加者は、東京在住の人や、転勤で水戸市に住んでいる人などさまざまでしたね。なお、このスペースは、いずれコワーキングスペースや作家のためのショールームなどに活用する展望があります。家や職場だけじゃない「自分の居場所」を求める人々が集まる場になればいいなと思っています。

イベント「焚火と本」の様子。焚き火を囲みながら、参加者たちは瀧田さんらスタッフが選書した本を読み、穏やかなひとときを過ごした(写真:焚火と本/撮影:三浦奈央)

瀧田:ただ、課題もあって……。実は「茅葺きのおばあちゃん家」の活用にちょっと悩んでいます。おばあちゃん家族は交流スペースとしての貸し出しに協力的なのですが、誰が今後主催となるか悩みどころで。「茅葺きのおばあちゃん家」に、いずれ自分が住むことになるのかなぁと思うこともあったり……。

――瀧田さんの当初の目的から考えると、「茅葺きのおばあちゃん家」に住みながら交流スペースとして運営するのは、理想的なことではないでしょうか?

瀧田:たしかに魅力的ではありますが、自分の住居にすると、本来自分が作りたかった「誰かのための居場所」とは別モノになってしまう不安があります。「人の家だから行儀良くしなきゃ」「交流の場だから相手と話さなきゃ」など、強制的に「こうしなければいけない場所」にはしたくないです。「訪れた人たち全員が居心地良く過ごせる場所とは、どういう空間なのか?」というのは、常に考えています。

そう考えると、「焚火と本」のイベントのように、自分は土地の資源を活用した場所を作り、あとは出入りする人に任せて使ってもらうのが、理想に一番近いのかなと思います。納屋のイベントスペースも茅葺き民家の母屋も、自分が主催者となって人を巻き込むのではなく、あくまでも出入りする人それぞれが主体でいられる場所にしたいですね。里山の環境や、八郷地域が好きという大枠の共通項は持ちつつ、基本は参加者全員が自由で、主催者はその場にいてもいなくても関係ないくらいが、「ちょうどいい距離感」なのかなと思います。

イベント「焚火と本」では、参加者に八郷地域の食材を使った料理も振る舞われた。焚き火を囲みながら味わう食事は格別だったはず(写真:焚火と本/撮影:三浦奈央)

都会で感じていた心細さと、移住でようやく手に入れた安心感

――東京から茨城に移住して、心境の変化や生活の違いにギャップを感じますか?

瀧田:今住んでいる茨城の方が良くも悪くも人のつながりが濃いと感じます。都内の企業に勤めていた頃は同僚と会話がなく、出身地や現在住んでいる町などパーソナル的なことを知っている人はかなり限られていました。今の勤務先はその逆ですね。同僚の家まで知っていますし、コミュニティが狭いので、外出するといつでも知り合いに遭遇します(笑)。でも、自分のことを理解してくれて頼れる人が近くにたくさんいるというのは、とても安心できますね。ここでの暮らしの価値観を共有できるパートナーと生活していることもあり、東京で暮らしていたときに漠然と感じていた不安や心細い気持ちは、今はほとんどありません。

八郷地域には、モノ作りの拠点「シェア工房BONCHI」もあり、作品制作のアトリエやイベント会場、シェアスペースとして使われている(写真:八郷留学/撮影:三浦奈央)
宿泊体験プログラム「八郷留学」の様子。「シェア工房BONCHI」内にある古民家も、子どもたちの体験活動の場として利用された(写真:八郷留学/撮影:三浦奈央)

――子どもの頃から求めていた居場所と安心感を手に入れたわけですが、今後再び別の土地へ移るという考えはあるのでしょうか?

瀧田:私は八郷に住んで今年で5年目になります。これまでの人生を振り返ったとき、同じ市区町村に5年以上住んでいた経験がなかったので、正直な話、八郷に一生いるかはまだ想像できないです。でも、これから自分が子どもを産んで、その子がひとり立ちするくらいまでは住み続けたいとは思っています。子どもに過去の自分と同じ不安定な思いをさせたくないですし、きちんと「実家」と呼べる居場所を作ってあげたいですね。

【Creator’s profile】 瀧田暁月(たきた・あき)
1989年生まれ。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科在籍中、茨城で学生主催のアートイベント「アートサイト八郷」に携わり、棚田をはじめとする里山の環境を生かしたモノ作りに取り組む。
卒業後、都内の建築や不動産関係の企業に勤務したのち茨城へ移住。地域おこし協力隊の活動を経て、現在は「茅葺き民家ディレクター」として茅葺き民家の保全・活用活動をしながら、里山環境を生かした場作りを続けている。
■代表プロジェクト
おばあちゃん家探検隊
シェア工房BONCHI

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