人に歴史あり、プロレス団体にも歴史あり。
10月3日にライブハウス「渋谷DESEO」で行われた東京女子プロレスの大会に行って、山下実優は本当に偉い……立派……と再確認した次第です。10代の女の子が単身上京してきてプロレス団体の旗揚げメンバーになるって、賭けにもほどがあるでしょ!
“始まりの地”に帰ってきた選手たち
「渋谷DESEO」は、いまや東京・後楽園ホールで年3回ビッグマッチを行える団体にまで成長した東京女子プロレスが初期に使用していた会場。当時はまだ所属選手が少なかったため、どうしても試合数が少なくなってしまうのと、団体の代表を務める甲田哲也氏の「あえて一般的な女子プロレスと違うファン層を狙っていく」という考えのもと、ライブハウスを会場に、いわゆる地下アイドルグループたちにゲスト出演してもらった上で、マットプロレスの興行を開催していたのです。
つまり、「渋谷DESEO」は東京女子プロレスにとって始まりの地。そんな同ライブハウスが11月30日にクローズすることになり(12月21日に新規店舗がオープン)、10月3日に思い出の場所で再び興行を行うことになりました。
前半はライブ、舞台転換して後半はマットプロレス。かつてはアイドルグループにライブをしてもらっていましたが、現在は入場曲を自分で歌っている選手も多いため、選手たちがステージを披露しました。伊藤麻希に加え、辰巳リカ、のの子と本格的にアイドル活動をしていた選手も多いので、ライブも楽しませられるのがすごい。あと、過去にミュージカルの舞台に立っていただけあって天満のどかさんはめちゃくちゃ歌が上手い。
マットプロレスでは客席からツッコミの声もあがり、大盛り上がりの中、最後は選手たちがマットの上で輪になって感想を語り合って〆。現在の東京女子プロレスもアイドル文化の色が濃い団体ではありますが、「渋谷DESEO」大会での観客との距離の近さは完全に地下アイドルのノリ。もっと早くに東京女子プロレスを知っていれば……とりあえず毎年1回は今日みたいな興行続けてくれ……と思うくらい楽しい興行でした。
とはいえ、この異常なアットホームさ、団体初期の選手からすると「この団体、ここからビッグになれるのかよ……」と不安になる部分ではあっただろうな。
たった3人の選手で始まった東京女子プロレス
東京女子プロレスは、2013年12月1日に旗揚げした女子プロレス団体。しかし、プレ旗揚げイベントを開催したのは、同年1月30日。つまり、始動から正式デビューまで微妙に間が空いていたのです。
その約10カ月間、じゃあ何をやっていたのかというと、たまに「渋谷DESEO」でアイドルグループとコラボしたマットプロレス興行をやってみたり、やってなかったり……。要するにめっちゃ暇そう。
弊サイトでは、今年4月に東京女子プロレスの第1期生で現チャンピオンの山下実優にインタビューしています。
インタビューで山下は、「自分含めて3人だけの団体だったから、大丈夫かなという不安はありました」と振り返っていました。そのときは、いや~第1期生はいろいろ苦労したのだな~と呑気に聞いていましたが、実際に「渋谷DESEO」大会に行ってみると、この規模からよく格闘技の聖地まで這い上がれたね!? という気持ちに……。アイドルで例えると、ド地下から中野サンプラザに行ったようなものです。
山下は中学卒業後に福岡から上京。東京女子プロレスの第1期生となり、まだプロレスの右も左もわからないのにエースの看板を背負わざるをえなくなりました。当時まだ17歳。その苦労たるや……。
山下はインタビューで、「6年間やって、今はAbemaTVに出たり、グラビアやったり、夢が叶ってきている実感があります。キツイときはあったけど、全部ひっくるめて、よかったなと」としみじみ語っていました。
いまや勢いだけならDDT本隊をもしのぐとも言われている東京女子プロレス。これまで苦労したぶん、山下はどんどん報われてくれ……山下の夢、100個くらい叶ってくれ……山下はなんて偉いんだ……素晴らしいんだ……。
……と思いながら、9月27日深夜に放送されたAbemaTV「DDTの木曜The NIGHT」での東京女子プロレスの選手たちの学力診断企画を見てみたら、山下のおバカぶりがすさまじくて戦慄したという話です。ただのバカと、金取れるレベルのバカがいるとしたら、山下は間違いなく後者なので、どこかのバラエティ番組はオファーしてあげてください!