いやー、いいものを見た。平昌五輪、羽生結弦の金メダルも鳥肌ものだったけど、スピードスケート女子500メートルの小平奈緒の強さにはとりわけ心を揺さぶられた。4年に1度の舞台で実力を出し切る強さ、金メダルを期待されている中で獲ってしまう強さは、心技体すべてで圧倒的な高みになければ決して得られないものだ。
そんな中、小平が滑走後に見せたライバル・李相花に対する気づかいと、李を称える振る舞いにも注目が集まった。今季W杯無敗で金メダル確実とさえ言われた小平と、ホーム韓国の声援を受け五輪3連覇を狙う李は、競技前から2強と目されていた。二人はライバルにして親友同士。お互い、ここまでの道のりも、想像を絶する重圧も理解し合っている。
小平は自分の滑走でオリンピックレコードを叩き出してみせたが、そのレース直後、記録に沸き立つ観客に向かい手を合わせ感謝の意を示したあと「シー」と人差し指を口にやり観客に静粛を促した。直後の滑走順で控える李の集中の妨げにならないよう、観客に理解を求めたのだ。
すべての滑走が終わり金メダルが確定した小平はまた、銀メダルに終わり泣きじゃくる李にそっと近づくと、肩を抱きなながら
「地元の期待というものすごいプレッシャーの中、よくやったね。あなたを今も尊敬しているよ」
と声をかけたという。李がしばし小平の胸に顔をうずめた後、二人は寄り添うようにウィニングラン。友情と敬意にあふれた尊い光景だった。小平が見せたこの配慮は、韓国でも「人間性も金メダル」と賞賛された。
このシーンを見ながら自分は、長きに渡り世界ナンバー1とナンバー2としてしのぎを削ったテニス界の二人を思い出していた。もちろん、ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルだ。
テニス史上最高の選手といわれるフェデラーの隣には、常にナダルがいた。絶対王者フェデラーと、唯一互角に渡り合える若き天才。天才なのに、筋肉ムキムキ。天才なのに、相手が強ければ強いほど、そして窮地になればなるほど自分もパワーアップしてスーパーショットを打つという週刊少年ジャンプのようなキャラで、実際に好きなアニメが『ドラゴンボール』というわかりやすさ。
最近は大人になって袖があるウェアを着るようになったけど、昔はそれこそ悟空が着る道着のようなタンクトップを着てグランドスラムを戦っていた。で、いい奴。本当にいい奴。ずる賢さとか性格の悪さとかとは対極にいる真っすぐな青年だ。打ち込むボールは世界一えげつないんだけど。
フェデラーとナダルが最初に四大大会で相まみえたのが2005年。そこから二人のライバル関係は続いているが、特に2005年から2010年までの6年間は、二人で世界ランク1位と2位を分け合う完全な2強時代だった。とはいえ、先に世界のトッププレーヤーとなっていたのは5つ年上のフェデラー。2強時代とはいいつつ、その前半は完全に1位フェデラー、2位ナダルという図式だった。それが、ナダルの成長とともに本当に互角になっていくのだけど、その過程で二人はテニス史上屈指のライバルとして何度も名勝負を繰り広げる。
四大大会での直接対決は12回。そのうち、実に9回が決勝だ。もちろん簡単に終わる試合などなく、2008年のウィンブルドン決勝は、試合時間が史上最長の4時間48分! このときはナダルが勝利し、フェデラーの大会6連覇を阻止している。
で、こういう試合でナダルが勝つと、ぶっとい腕でガッツポーズを見せ歓喜の雄叫びを上げたあと、フェデラーのもとに駆け寄りなんか申し訳無さそうな顔をするんですよ。「今絶対『ごめんね』って言った!!」と思ったことが何度もある。
2009年の全豪決勝でナダルが勝ったときもそうだった。この試合も4時間超えの死闘になったが、是が非でも勝ちたかったハードコートで敗れたフェデラーは表彰式で、悔しさと、観客からの温かい声援に感極まり準優勝スピーチのマイクの前で泣き崩れてしまう。言葉に詰まり、スピーチにならないまま下がったフェデラーを見て、続いて優勝トロフィーを受け取ったナダルまで、なんと優勝スピーチをせずに後ろに下がってしまった。そして、フェデラーの隣に立ち、頭を抱いて何か言葉をかけたのだ。
フェデラーも史上最高の選手にして超がつくほどの紳士で人格者なのだが、ナダルはそんなフェデラーのことが大好きでしょうがない。優勝したのはナダル自身なのに、大好きなフェデラーのほうに感情移入してしまったようで、ナダルまで泣きそうになっていた。そんな奴ほかにいる?
もちろん、フェデラーが勝った場合も、フェデラーは真っ先にナダルのことを称える。そんな、お互い認め合い、尊敬し合い、深いところでつながっているライバル同士なんて、テニスの歴史の中でもこの二人くらいじゃないだろうか。
フェデラーは2月19日、36歳にして世界ランク1位に5年4ヶ月ぶりに返り咲いた。史上最年長の1位だ。そして、フェデラーに1位の座を明け渡したのが、去年3年ぶりに1位に返り咲いていたナダルだった。もう、いつまでも二人でやっててくれ、と心の底から願わずにいられない。