我が家で細菌による戦争が起きた。
始まりは寿司パーティだった。友人夫婦が長男誕生を祝いに我が家に遊びに来てくれたときのこと、長い妊娠生活で生ものが食べられなかった妻は、ここぞとばかりに近所の寿司店に出前を頼んだ。そしてその日の夜、妻は下痢に襲われた。
一晩で十数度にわたる妻のトイレ往復。感染の恐れからマスクをして2歳児とともに別室で寝た僕は、朝起きると喉が真っ赤に腫れ上がっていた。
これまで何度も経験してきたウイルス性の扁桃炎だ。その名の通り、扁桃腺が炎症を起こして発熱する病気で、感染の可能性は低いが、唾を飛ばしあうような距離感で行う育児だ。可能性もなくはない。妻にその旨を伝えると、2人の脳裏にある疑問が浮かび上がる。
2歳の娘と生後3週間足らずの息子、一体だれが世話をすればいいのだろう?
夫婦揃って別々のウイルスを保持してしまったのだ。これはマズイ。病院に行こうにも2人の世話は? 息子のミルクは? 娘の保育園の送り迎えは?
こうなったら仕方がない。おばあちゃんに来てもらうしかない。50km以上も離れたところに住んでいるおばあちゃんを呼び出すのは心苦しいが、今回は致しかたない。幼い子どもたちに感染するぐらいなら、おばあちゃんだって喜んできてくれるだろう。
沢野:もしもし、お母さん?今大丈夫?
おばあちゃん:ごめんねぇ。風邪ひいちゃって
お前もかよ!!!!
やばいやばいやばいやばい。基本的に親離れしきっていない僕(34)は、本気で困ったら親に頼めば何とかなるといまだに考えている。その最後の頼みの綱が完全に切れた。一体どうしたらいいというのだろうか。
とりあえずやるべきことは、2歳の娘に朝食を食べさせ、保育園に連れて行くことだ。感染の確率が高いウイルスを持っていそうな妻にはいったん大人しくしてもらって、僕がすべての準備を整えるしかない。
朝食は消化に良い蕎麦にしよう。マスクをして入念に洗った手で蕎麦を茹で、自分の分、妻の分、娘の分を取り分けた。そしてどう行動すべきか順序だてて考える。
沢野:(赤ちゃんはまだ寝ている。もし起きたとしても、下痢とはいえ妻が居れば何とかなるだろう。保育園は徒歩圏内だ。ちゃんとマスクをして気を付ければ、娘には感染しないはず。そしてその足で僕は病院に行こう。医者に病状を診断してもらって、これからのことはそこで判断すればいい。思ったより感染の確率は低いかもしれない。仕事だって今日は取材も打ち合わせもない。家でもできる。よし!! やるべきことは決まったぞ!)
沢野:娘よ! 保育園に行くぞ!
威勢よく娘を見やると、口から大量の蕎麦を嘔吐していた。
僕は椅子から転げ落ちた。