まぁ、東京女子プロレスは眼中にない観客がほとんどだったと思う。そんな空気を変えたのが、山下実優と坂崎ユカのシングルマッチ。約4,800人が彼女たちの戦いを固唾をのんで見守り、オセロが一気にひっくり返った瞬間でした。
……と、しみじみ振り返るのは、やっぱり年末年始だから。自分が「2021年のベストバウト」として推すのは、6月6日にさいたまスーパーアリーナで行われた「CyberFight Festival 2021」のプリンセス・オブ・プリンセス選手権試合、王者・山下実優VS挑戦者・坂崎ユカです!
最後のビンタに込められた感情は……?
「CyberFight Festival 2021」は、株式会社CyberFight所属の4団体(DDTプロレスリング、プロレスリング・ノア、東京女子プロレス、ガンバレ☆プロレス)が合同で行ったプロレス興行。各団体の選手が勢ぞろいし、東京女子プロレスが有する「プリンセス・オブ・プリンセス王座」、DDTが有する「KO-D無差別級王座」、プロレスリング・ノアが有する「GHCヘビー級王座」の3つのタイトルマッチがトリプルメインイベントとして行われました。
「トリプルメインイベント」と謳われつつも、やはり観客のほとんどがDDTとノアに注目していたように思います。DDTのファンは、ノアの人気選手を生で観ることを楽しみにしていたし、ノアのファンは、DDTの人気選手を生で観ることを楽しみにしていた。そこに東京女子は食い込んでいなかった。
その空気を完璧にひっくり返したのが、山下VS坂崎でした。まず序盤、両者一歩も譲らないレスリングに意表を突かれた観客が多かったのではないでしょうか。言ってしまえば地味な、しかし両者の地力の高さが伝わる攻防。どうしても大会場ではわかりにくい部分も出てしまう関節の取り合いをじっくり展開するのは、大きな賭けだったように感じます。そして、山下と坂崎はその賭けに勝ってみせた。
その後も「明るく楽しくかわいい女子プロレス」というイメージを覆すような、ゴツゴツした削り合いが続きます。山下も坂崎も共に東京女子の「強さ」を象徴する存在で、団体の黎明期を支えてきた戦友で、プライベートでも大の仲良し。ふたりの関係性について知らなくても、リング上に渦巻く情念が「この子たちの間には濃密な何かがあるようだ」と一発で教えてくれます。
16分36秒の試合を制したのは、王者・山下でした。試合後、坂崎と向き合い、たまらず涙をこぼす山下。そこにビンタをくらわせて、颯爽とリングを去る坂崎。このビンタに込められた感情とは、悔しさなのか、エールなのか、「また戦おう」というメッセージなのか、あるいはその全部なのか、それとも――? このビンタだけで永遠に語れますね。試合後、Twitter上で他団体のファンらしき人々から「東京女子がよかった」という声が続々と上がるのを見るのが気持ちよかった~!
この一戦をきっかけに、間違いなくプロレス界での東京女子の注目度は上がりました。なんと6月17日の後楽園ホール大会後は旗揚げ8年目にして初の『週刊プロレス』単独表紙を獲得。10月には大田区総合体育館、2022年3月には両国国技館と、団体の規模は拡大の一途をたどっています。
とはいえ、2021年、ほかにも東京女子の良い試合はいろいろありました。「弱くても諦めない姿に感動する」的な存在だった伊藤麻希が「東京プリンセスカップ」のトーナメントを制したのには思わず涙しましたし、タッグパートナー同士である辰巳リカVS渡辺未詩のカラッとしたぶつかり合いは試合後さわやかな余韻を残すものでした。NEO美威獅鬼軍は常に新しいムーブを見せてくれるし、天満のどかVS伊藤麻希は初シングルなのに意外と手が合い、また見たい組み合わせです。でも2021年の天満さんとなると、プライベートでも親しい中島翔子とのシングルが最高だった。東京女子でデスマッチ王座創立を狙う乃蒼ヒカリの動きも要チェックですし、DDTにゲスト参戦した試合になりますが、勝俣瞬馬VSハイパーミサヲのハードコアマッチはハイパミの「I LOVE TJPW」の絶叫に痺れた。
不発のムーンサルトプレスさえ名場面にした武藤敬司
東京女子の話題だけで永遠に語っていられますが、2021年はノアもちょくちょく観戦していました。プロレス好きになって年数のまだ浅い自分が、武藤敬司の凄みを実感した1年です。「CyberFight Festival 2021」での禁断のムーンサルトプレス解禁を目撃できたのは幸福でしたが、不思議とより心に残っているのは、2月の日本武道館大会での「コーナーポストに上ったものの、結局ムーンサルトを飛べなかった武藤」のほうかもしれない。不発さえも名場面にする閃き、これがプロレスリング・マスターかと仰天したものです。
そんな武藤とじっくり絡んだ“スーパーノヴァ”清宮海斗の今後からも目が離せません。もともと優れた身体能力を誇り、容姿にも恵まれ、ただでさえエースの素質は十分な清宮が、さらに武藤から帝王学を学んだら、一体どうなってしまうのか。清宮をそんじょそこらのエースではなく、なんなら“武藤2世”くらいにまで育て上げようとする団体の覚悟を感じます。あとは中嶋勝彦と拳王は安定して満足度の高い試合をしてくれるし、船木誠勝VS藤田和之の殺気もたまらなかったし……。ここもどうしても話し出したら止まりません。
2020年を経て、「試合ができる喜び」が身に沁みた1年
全日本プロレスだと、ジェイク・リーVS宮原健斗VS青柳優馬の心身を燃やし尽くすような三つ巴戦、ジェイクと宮原の60分ドローと壮絶な試合が続きました。選手が大量離脱し、全日は苦しい状況に追い込まれましたが、2022年以降も「明るく、楽しく、激しいプロレス」を見せてほしい。
女子プロレスに限らず、いまやプロレス界全体でもトップクラスの動員を誇るようになったスターダムもおもしろかった。朱里VS彩羽匠、岩谷麻優VSスターライト・キッドと印象に残る試合は枚挙に暇がありませんが、なんといっても3月の日本武道館大会でのジュリアVS中野たむの敗者髪切りマッチです。「白いベルトは感情のベルト」という言葉を象徴するような、お互いの気持ちがむき出しになった一戦でした。
あと同じスターダムの3.3日本武道館大会でいうと、オールスター・ランブルで元祖グラドルレスラーである愛川ゆず季と、現役グラドルレスラーである白川未奈とウナギ・サヤカの邂逅に胸が熱くなったりも。
6月のガイアイズム大田区総合体育館大会でのDASH・チサコVS響のハードコアマッチも良い試合でした。残念ながら響は11月でプロレスを無期限活動休止しましたが、あくまで「休止」なので将来は……とつい夢見てしまう。復帰といえば、5月に行われた木村花メモリアルマッチでの花月の1日限りのカムバックです。会場で一番泣いた大会となると、このメモリアルマッチが文句なしの一番。まさか旧姓・広田さくらに泣かされる日が来るとは……。
また、GLEATとハードヒットの全面対抗戦は、会場を包むヒリヒリした緊張感まで含めて記憶に残るものでした。ほかにはアイスリボンの山下りなVS世羅りさも、「デスマッチ路線を絶対に諦めなかった世羅りさ」のストーリーがひとつの美しいゴールを迎えたように感じた。
ああ、やっぱりいつまで経っても話が終わらない。2020年はコロナ禍で数多くの大会が中止になったぶん、2021年は「試合ができる喜び」というものが身に沁みました。願わくは、2022年はさらにプロレスを安心して楽しめる世の中になっていますように。そして、2021年と同じかそれ以上に名試合が生まれますように!